店主達2 そして手料理
肉屋、八百屋との濃いコンタクトを交わした俺は、少しげんなりしながらも、メリッサの後に続いて歩いていた。
「次はここかな」
メリッサの止まった店、ソコから漂ってくる香ばしいパンの香り。
「次はパン屋か」
「そうだよ」
言いつつメリッサは、中へと入っていく。
「こんにちは、フツーさんいますか?」
メリッサの声にカウンターに立っている人が反応する。
「やぁ、メリッサさん。こんにちは。そちらの方は初めてですね、ようこそいらっしゃいました」
その言葉を聴いて、俺は戦慄する。
三件目にしてようやく、メリッサと一緒に声をかけられたのである。
いや、普通は一緒に声をかけるはず。あの二人が異常だったのだ。
「あの、どうしたんですか?」
固まっていた俺を心配して、店主が声をかけてくれる。
「いや、なんでもない、あんた普通にいい人だな」
「はぁ」
なんの事か解らず、曖昧な返事を返すフツーさん。
「まぁ、セッカイさんのとこからくればどんな店だって普通で良いところだと思えるよね」
「あそこだけじゃなく、あのベッケスという店主の店もな」
「あぁ、あの二店を見てからいらっしゃったんですね。納得しました」
あの店の名前が出るだけで納得するのか。どれほど有名なんだ、あの人達は。
「あそこから来たのならゆっくりしたいでしょう。お声はおかけしませんので、じっくり見ていってください」
フツーさんの言葉にうなずくと、メリッサはパンを見に動き始める。
俺は、そのままフツーさん隣に立つ。
「おや?どうなさったんですか?」
「今、俺は金を持っていなくてな。やることが無いからこうして立っている」
「それなら、私が話し相手にでもなりましょうか?」
「それは有り難いが、良いのか?」
「いいんですよ」
「有り難う。それじゃあ、確認したいことを一つ。この町のメリッサの立ち位置はなんだ?」
「立ち位置ですか、簡単に言ってもこの町の花ですかね。マスコットやアイドルみたいな人です」
「やっぱりか」
「町の人達の目線をくらったんですね?」
「そうだ。あれはいつもの事なんだろ?」
「そうですね。彼女自身は気付いていないみたいですけど、この町で彼女にナンパしようとした男達は、声をかけた瞬間に、あの視線に晒されて萎縮してしまいます」
「それは......」
「萎縮しない相手や、気付かない馬鹿も、本人が鉄壁なので問題はないんですけど」
「そうか」
「更に、しつこい者は、どこからともなく親衛隊がやって来てさらっていくそうです」
「親衛隊までいるのか......」
「それにしても珍しいですね。メリッサさんが男の方と一緒に歩いているって。どうしてなんですか?」
「遺跡の罠にかかっていた所を助けられてな。一文無しの俺を手助けしてくれている」
「なるほど、親衛隊が聞いたら、歯噛みしそうなシチュエーションだ」
「そうだな」
話に一区切りがついて、ちらっとメリッサを見る。パンに向けて、顔を輝かせていた。
彼女に借りた借金、どうにかして返す方法は無いものか。
「少し尋ねたいのだがフツーさん」
「なんですか?」
「何か、俺が出来る仕事は無いか?」
「仕事ですか......それは、雇って貰いたいということですね」
「そういうことだ」
「すみません。人手は足りていますね」
「謝らなくていい。ダメ元で聞いただけだ」
「そうですか。それにしても、私に聞くということは、あの店主二人も駄目だと?」
「あの店主二人は、聞く暇すら無かったな」
「あぁ、想像できます」
「それに、どっちの店でも、俺の体が持たなそうだ」
「そうですね。どちらも大変そうです」
二人して笑いあっていると、メリッサがパンを抱えてやって来た。
「二人して楽しそうだね」
「あの店主二人から、この優しい人だからな。つい話し込んでしまった」
「こちらも、楽しかったです」
「そう、よかったね」
あまり、よく無さそうな声なのだが。
「それで、メリッサさん。そのパンをお買い上げですか?」
「あ、はい。お願いします」
「いつもより多いようですが?」
「これで大丈夫です」
「そうですか、お買い上げありがとうございます」
そのまま支払いを済ませるメリッサ。
「それじゃあ、帰るとしますか」
「そうだな。フツーさん、楽しかった、また来る」
「ありがとうございました、メリッサさんと、えぇ......と、すみません名前をお聞きしてませんでしたね」
「練だ」
「レンさんですね、私も有意義な時間でした。またお越しください」
フツーさんは、そういって頭を下げる。
俺達は、頭を下げるフツーさんに見送られながら店を後にした。
▽ ▽ ▽
帰り道、やや暮れかかった日に照らされながらメリッサと歩く。
「買い込んだな」
「セッカイさんのところは買ったというより貰ったの方が強い気がするけどね」
「違いない」
特に話すこともない。
静かに二人で歩く。
気がつくと教会についていた。
「今日は、町の中を知れた。メリッサ、ありがとう」
「どういたしまして」
メリッサに背を向け、教会の扉を開ける。
屋根裏の部屋はどうなっているのだろうか。
少し人がいる聖堂を抜けて、奥の居住区へと向かう。
「ただいま帰った」
「お邪魔します」
後ろからの声に反応して振り返る。
そこには、メリッサが立っていた。
「メリッサ?帰ってなかったのか?」
「もともとはレンの退院祝いと、神父さんへのお礼も兼ねて肉を買ったんだけど、野菜とかも貰っちゃったからね、消費するために料理しに来たよ」
「だからあの量だったのか」
今も、彼女の手には沢山の食材が抱えられている。
「持つか?」
「いいよ、まだ力仕事は禁止でしょ?」
「しかし」
「おやメリッサさん、きてらしたのですね」
いいところにきた。
「神父、彼女の荷物を運んでくれないか」
「おや、ここへの寄付か何かですか?」
「彼の治療のお礼と食材の消費に持ってきただけだよ」
「なるほど、そうでしたか。では半分は私が運びましょう」
そういって、神父はメリッサの荷物を体積でいうと、6~7割ほど持ちあげた。だが。
「おい、ダメ神父」
「はいなんでしょう」
「重くなさそうなのばかり持っていくんじゃない」
あいつが持ったのはパンなどのかさ張る食料。重量的に4割持っていたらいい方だろう。
「なんのことでしょう?」
「聖職者がそれで良いのか......」
「いいのです!」
「言い切るな」
「それより、レンさん。屋根裏の部屋でも見てきたらどうでしょう。料理はすぐにできませんからね」
「また......まぁいい、確かにそうだしな。一度上を見てくる」
メリッサ達と別れ、一人屋根裏へ。
綺麗にした部屋にポツンと真新しいベッドが置いてある。
本当にそれだけだった。
「家具は無し......か」
それならそれでいい。一文無しに部屋を貸してくれるだけで有難いのだ。
期待しているほうがおかしい。
このまま突っ立っていても意味は無い。
メリッサが料理を作ってくれているだろう。
下へ降りるか。
椅子に座って料理を待つ。
ここの台所では三人は入らないだろうから俺にやることはない。
暫く静寂に浸っていると、メリッサが鍋を抱えてやってきた。
目の前にパンと肉や野菜を混ぜて煮込んだスープが並んだ。
煮込まれた肉は艶やかな脂身をさらし、様々な野菜がスープに彩りを添える。
肉から流れ出た脂がスープの表面を輝かせる。
「あぁ、美味しそうな匂いを近くで嗅いでいたからお腹すいたよ」
メリッサが席につく。
「それじゃあ、早くいただきましょうか」
神父が戻ってきて座る。
「それじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
メリッサは普通に食べ始め、神父は手を組んで、祈りを捧げるような形をしてから食べ始める。
俺もスープを口に含む。
香草の香りとともにトロリとした脂が流れ込む。
野菜のほんのりとした甘さが脂の旨みとマッチしてとても美味しい。
「凄いなメリッサ、とても美味しい」
「あ......あはは......ごめん、私多少手伝っただけで基本神父さんの料理なんだよ、これ」
「は?」
「そうです、この私の料理なのです!」
「そうだったのか、美味いぞこれ」
「なんでしょう、この反応の小ささは」
「それがこの人だから」
「好きでこんな状態じゃ無いんだがな」
「なら、大袈裟にでもリアクションしてくれたって良いじゃないですか!」
「嫌だ、それは面倒だ」
「そうですか、なら」
「なら?」
「出ていって貰いましょう!」
「それは横暴だな」
「そうでしょう横暴でしょう!さぁ!今すぐ超大袈裟なリアクションをするのです!さすれば許して差し上げましょう!」
あぁ、面倒だ。
俺は立ち上がると、ゆったりと神父に近づき、真正面から柔らかく抱き締める。
「「え!?」」
二人が一緒に声をあげる。
俺は気にせずに抱きしめたポーズのまま、背後に回り込み、そのまま神父の首を絞める。
「ぐぇ」
「どうだ、横暴だろう。さぁ、今すぐさっき言った事を取り消せ」
「ぎ......ギブ、ギブ」
ギブアップのコールとともにすぐに解放する。
「あまり、ふざけすぎないことだ」
「わ......わかり、ぜぇ、ました、ごほっ」
神父が息を整える。
「はぁ、酷い目にあいました。レンさんあなた、あまりちょっかいかけてはいけないタイプの人間でしょう!」
「知らん」
「絶対にそうでしょう!ねぇ!メリッサさん!」
「あはは......コメントに困るなぁ」
「認めなければここからでていってもら......ぐぇ......ギブ」
「レン、程々にしてあげなよ?」
その後も神父が馬鹿を言っては俺が絞め、ギブアップで解放する流れが幾度か続き、食事が終わってメリッサが帰る頃には、対応し始めた神父が逆に技を返してくるようになっていた。
▽ ▽ ▽
深夜、ベッドで今日の出来事を振り返る。
その全てに感情の色は無く、あったのは唯一面倒かそうでないか。
フツーさんと話す時は面倒でなく、それ以外は面倒だった。
面倒を排除するため、簡単には黙りそうも無い神父を黙らせるために首を絞めた。
そこにためらいは一切なかった。
感情の無いこの体は熱くなることがなければ、冷たくなることもない。
ただ目標の為に進んでしまう。そんな危うさがある。
機械のように淡々とこなすだけにならないように、自分自身を戒めなければならない。
そう思いつつ俺は、ベッドに潜った。