最終戦9
メリッサそのものの姿をした何かは、また構えると容赦のない突きを放った。
それを払いつつ人形から距離をとる。
「なぜここにメリッサが……」
「はは、驚いたか?あぁ、驚く感情もないのか。それはつまらんな。まぁいいか、この空間は今私が支配している、そしてこの世界は精神世界だ。つまり、こんなことが可能なんだよ」
そう言ってタルーアが指を鳴らすと、空からどしんと火を纏ったライオン━━フレイブレスライオンが現れ、死角から接近しようとしていたゼロワンへ炎を吐いた。
「わわっ!?」
間一髪、ゼロワンはかわすことに成功するが、ちりちりと焼ける服の端がその火力の高さを物語っていた。
「どうだ?お前の記憶を元に呼び出した魔物だ、ただ絶望するための感情は無いからな、お前は理論的な可能性がある限り立ち向かって来るのだろう?ならそれを絶つためにもう少し呼んでやろう」
タルーアがまた指を鳴らすと、何体もの魔物が空から降ってきた。
ブラックマンティスにジャイアントスコーピオン、レッドドラグーン、そしてもはや懐かしきリビングアーマー。
「さぁ、どうだ?皆と一緒に戦ってようやく倒していった魔物が五体もいて、その上愛しい人そのものが相手だ。しかも武器なければ盾もなく、精神世界では魔法も使えない。諦めたらどうだ?」
「俺が諦めたらどうするんだ?」
「愚問だな、砦にいる人間を皆殺しにするだけだ。お前の魂が戻ったことで本体が魔法も使えるようになるしな」
「そうか、なら最後まで抵抗しようか」
「やってみればいいさ。やれ、お前ら」
メリッサ、リビングアーマー、ブラックマンティスがこちらに、ジャイアントスコーピオン、レッドドラグーン、フレイブレスライオンがゼロワンへと距離を詰めていく。
「あぁ、そうだ。なぁ、タルーア、お前は俺を絶望させるためにこいつらを呼んだのかもしれないが、それならリビングアーマーは呼ぶべきじゃなかったな」
「ふ、強がりだな」
「いや?」
俺は、リビングアーマーの懐に走り込むと、上段蹴りで剣を持っていた腕を蹴り飛ばして剣を奪い、追ってきたメリッサの突きにカウンターを合わせるようにして喉を一気に刺し貫いた。
「骸流格闘術は一対多及び対武器持ちが源流の格闘術だよ、リビングアーマーは格好のエサだ。それと、感情を抜いてくれてありがとう、お陰で罪悪感なく戦える」
剣を引き抜き、メリッサの首を切り飛ばす。ブラックマンティスの斬撃は、リビングアーマーを盾にしてかわし、その上でリビングアーマーの盾も蹴飛ばして奪い取る。
かつてはあんなに重かった盾も、こうして持ってみるとさそちゃんシールドより少し重い程度で、大きさも然程問題はなく、いつも通りに戦えそうだった。
大きく振りかぶって飛んでくるブラックマンティスの鎌に向かって滑り込み、ギリギリでかわしつつ右側の足三本を切り落とす。
この戦い方も久しぶりだな。
「ちっ!レッドドラグーン!やれ!」
タルーアの声に反応したレッドドラグーンが、炎のブレスを吐く。
俺は、そのブレスをギリギリまで引き付けてから避けた。その結果、足をやられて動けなくなっていたブラックマンティスが消し炭になる。
「くそっ!何をやっている!」
タルーアが苛立ちの声を上げる中。
「ガアアァァ!!」
と、フレイブレスライオンの雄叫びが響いた。
雄叫びの方を見ると、フレイブレスライオンの胴体にジャイアントスコーピオンの毒針が深々と突き刺さっていた。きっとゼロワンがやったのだろう。
「ちっ!役立たずめ!……仕方ない」
そう呟くと、タルーアは鍵を煌めかせた。
すると、拘束されていた残りの六人の内の一人の拘束が外れ、もう一人の俺の体は、光の玉となり俺に向かって飛んできた。
咄嗟に盾を構えてみたものの、光はお構いなしに盾をすり抜け、俺の胸辺りに入り込んで消えてしまった。
「いったい何を……?あぁ、なるほど。わざと強欲と救恤を戻したって訳か」
剣を持つ腕にちりちりと恐怖の痛みが走り出す。
「どうだ?命を守る為に存在する恐怖心もバランスを保ってこそのもの。耐えることもできないまま恐怖に沈め!」
目の前で、レッドドラグーンがブレスの為に息を吸い込み始める。目一杯まで吸い込んだレッドドラグーンは、持ち上げた頭を一気に振り下ろした。
炎が巻き上がる。
それと同時に前へ飛び込んだ俺は剣をレッドドラグーンの目深くまで突き刺した。
「な……なぜだ!?恐怖に飲まれて動けなくなってもおかしくないはず!」
「すまない、コレはもう克服している」
「な、なら!」
また一人、俺が解放され光の玉となって飛んでくる。
そして、タルーアの前に、二人目のメリッサが現れる。
「色欲と純潔だ!その状態で最愛の人を斬れる……」
タルーアが言い終わる前に、メリッサの首を切り落とす。
「覚悟ならとっくにできてるさ」
「……は?」
理解が出来なかったのか、タルーアは一瞬呆けたあと、自らの危険を感じて慌てて鍵を煌めかせようとした。
その腕を切り落とす。
「あ?ああああああぁぁ!?」
「感情を残したのが間違いだったな。痛覚がなければそうやって苦しむことは無かったぞ」
腕のくっついたままの鍵を拾い上げ、煌めかせると、残っていたジャイアントスコーピオンや、転がっている魔物の死骸が消えた。そして残り全員の拘束が解け、光の玉が俺の元へと集結する。
憤怒と慈悲が戻ったことで、タルーアに対する怒りがふつふつと沸いてきたが、それを腹の底に押し込め、一太刀で首を切り落として最小限の痛みで死なせてやる。
「あぁー疲れたー」
ゼロワンが埃を払いながら歩いてきた。
「助かった、ゼロワン。お前がいなかったら今も捕まったままだったろう」
「どういたしまして」
「思えば━━」
「あぁ、別にそういうのはいいよ。早く帰って彼女に会いたいんでしょ?行ってきなよ」
「ありがとう」
ゼロワンの促すままに鍵を胸の前に持ってくると、鍵が輝きだした。
光輝いている鍵は、やがて俺の胸の中に消えて行き、それとともに、視界がホワイトアウトしていったのだった。