表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/26

一対一はきつすぎる。

「委員長、おつかれさまです」

「お疲れ。気を付けて帰れよ」


 廊下ですれ違いざまに掛けられた挨拶に、視線だけ向けて応える。こちらが誰と認識していなくても、向こうからすれば俺は目立つ風紀委員長という立場。掛けられる挨拶や話にはちゃんと応える事にしている。

 故に、俺に話しかけてくる奴は意外に多い。生徒会の人間より。



 まぁ何が言いたいかというと、田所はもちろん会長たちより俺の方が情報収集には向いているってこと。それは風紀委員会の職務の一つでもある、最終下校の見回りに理由がある。



 最終見回りは、風紀委員が二人一組になって振り分けられた担当箇所を最終予鈴までに見回る仕事。

 端から教室を回り一つ一つチェック項目を潰し、そして次の教室へ。もちろん、最終確認をして鍵を閉める役割は風紀の担当教師である木ノ本先生と月番の教師数名ではあるが、その前に風紀委員が全校舎を確認し定められたチェックをしていく。

 朝夕の登下校チェックと共に、風紀委員の重要な職務だ。曜日で各担当者を変えてはいるがそれは月ごとに場所と曜日が固定されている為、たまに俺に何か言いたい人間がそれを確認して人気のない場所で待ってたりする。さすがに毎回っていうほどでもないけれど。


 本来は二人で回るべきだし俺以外は数人で確認しているのだが、俺に限っては以上のような理由で一人で確認することになっている。


 そこにはハード面のチェックと共に、ソフト面……学生達の様子や噂話などそう言った情報収集も含まれる。わざわざ動き回るより日常の行動範囲が広い事から、目立つことなく情報収集がしやすいという理由がここにあるわけだが。


 いつもと同じ様に、さりげなく生徒達の様子に目を走らせてきたわけだけれど――



「違和感しかないな……」



 違和感だらけだった。



 あれだけ昼休みに騒ぎを起こしたのに、来栖への噂話や批判がまったく聞こえない。実際、その事について何か聞いてくる奴がいるんじゃないかと思ったけれど、ほんの一人か二人で調子抜けもいい所だ。五限後の休憩時間と放課後少しの時間まで、確かに文句を言っている奴らがいたはずなのに。

 けれど下校チェックの為に校門に立っていた一時間ほどの間に、すっかり噂は下火になっていた。

 おかしいだろう。本来なら放課後にもっと噂が広まるべきなんじゃないだろうか。

 はっきり言って、来栖は嫌われている部類に入る。なのに、クラスでは友人もいて楽しく過ごしているのだという。普通、あそこまで自我を通す人間は避けられやすいと思うのだが、そうでもないっていう事なのだろうか。



 ――俺には、まったく理解できない。



 三号棟を出て立ち止まっていた俺は、 小さく息をついてオレンジ色に染まり始めた特別教室棟へと向かった。俺が今月担当になっているのは、三号館と名のつく一年生の教室と特別教室棟だ。

 一階と二階は文系・芸術系各教科の資料室が並び、各々に音楽室と美術室が一番奥にある。


 誰もいない静かな校舎内に入れば、自分の上履きのゴム底が廊下を擦る音だけが響く。この特別教室棟の最上階である三階は、理・化学系の特別教室と準備室が並んでいる。全棟の中で授業がなければほぼ人気がないことから、学生の密会……要するに逢引場所に使われることが多い。風紀のチェックリストにも、重点的に見回るべき場所としてラインが引いてある位だ。


 故に、たまにいる「風紀委員に何かを進言したい生徒」が待っている事が多い場所でもあるのだけれど。

 

「……」


 階段を上りきった廊下の一番奥。案の定というべきか、そこに一人の女子学生の姿があった。思わず立ち止まった俺の足音に、女子学生が気が付いてこちらに振り向く。

「あっ!」

俺の姿に小さく声を上げる。その顔を見て、思わずうんざりと肩を落とした。



 慣れたとはいえ……、ある意味怖いし面倒くさい。相手が男子でも女子でも、何か明確な意思があって俺を待っているわけで。一応心積もりはしてても、俺パートナーなしでタイマンだぜ。

 それでも話があれば、ちゃんと聞いてきた。ある意味情報収集になる面もあるから。それがただの文句でも、まぁ色恋でも。


 けれど。

 今日ほど回避したいと思ったことは、きっとない。




「蒼くん!! 待ってたの!」


 なんでだよ。


 どうしてお前がここにいる、来栖。




 回れ右をしたい気持ちを押さえて、その場で足を止めた。いや、チェックしに行かなきゃいけないのは分かっているんだけど、足が動かないよ無理だよ。

 俺の内心を知ってか知らずか、来栖がはにかみながら駆け寄ってきた。

「お仕事、お疲れさま」

 そう上目遣いに労わりの言葉を口にする来栖の頬は紅潮し、恥ずかしそうに両手をもじもじと動かす。俺の方が背が高いわけだから上目遣いは仕方がないとして、たった十m位走っただけで顔が赤くなるってお前一体どういう身体能力だ。ある意味凄いよ。


 思わずじっと見下ろした俺の視線に、来栖は恥ずかしそうに体を縮じこませた。

「あの、蒼くん。そんなに見つめられると、恥ずかしいな……って」

「……あぁ、すまん」

 見つめたというか観察というか……、まぁいい。


 少し近すぎる距離を一歩後ろに下がることで離れると、位置を確認してチェックリストを片手に持ち直した。

「で、俺に何か用か」

 さっさと話しを終えて、あの二人と合流したいのだが。



 昼休みのあのやり取りがまだ記憶に新しい……っていうか新しすぎて、よくまぁ俺の前にのこのこ出てこれたなっていう気持ちが強い。土井は田所に迷惑をかけたと落ち込むし、田所は土井に迷惑をかけたと落ち込むし。どっちも迷惑なんてかけられてもかけてもいないだろ面倒くせぇなって言ったら、お前の性格になりたいとか言われるし。

 どういう意味だ、オイ。


 とにかく周囲に注目されているのは分かっているから、早々に食堂から退散した。放課後、風紀委員会が使用している教室に集合する約束を取り交わして。

 だからさっさと業務を終わらせたいんだが……、まぁ確かに言いたい事もあるから丁度いいと言えばそうなのか。

「あのね、蒼くんにちゃんと謝りたいと思って……」

「おかしなことを言う。謝るのなら、俺ではなく田所や土井だろう。来栖の態度は謝罪すべき案件だ」

 何言ってんだお前と……口に出そうになって、直前に言葉を入れ替える。こういう手合いには、感情で会話を交わしてはいけない。分かっているけど、胸糞悪いから言いたいことは言わせてもらおう。


 来栖は俺の言葉に悲しそうに顔を歪めて、小さく頷いた。

「そうだよね、分かってるよ。さっき、ちゃんと謝ってきたもん」


 ……、本当か?


 そう俺が疑問に持つことは、仕方がないだろう。どう考えてもこいつがちゃんと謝るなんて思えない。後で土井に確認するまで、真実だとは思うまい。

 本当は問い詰めたいし目の前で田所や土井に謝罪してほしいのだが、へたに関わると周囲が余計な騒動に巻き込まれそう……俺は適当に逃げるから構わないが……なのでそこは諦めるとする。



 来栖は黙ったままの俺をちらりと見上げて、でもね……と俯いた。

「私のやった事、いけなかったと思う……けど」

 ――けど?

 来栖は言いにくそうにきゅっと唇を噛みしめてから、再び口を開いた。

「まさくん、童顔なのをすごく気にしてるの。蒼くんが思ってる以上に! あぁやって笑ってるけど、土井さんにあんなことされて傷ついたと思う。悲しかったと思う、絶対!」

「……は?」

 いきなりなんだ?


 突然叫ぶようにしゃべりだした来栖に、少し戸惑って眉を顰める。



 俺に対して田所のことを言われても困るんだが……、まぁ確かに童顔を気にしてるのは正しい。けれど、それを利用してるのも本当。逆にそこまで気にしねーよ、こちとら男だぞオイ。

 大体そんな事、来栖に言われなくてもわかってる。あれとは、高一からの知り合いなのだから。

 

 そういう意味で怪訝な色を含めた声音になってしまったのだが、来栖は違う意味にとったらしい。顔を上げて、両手を胸の前で組むと俺を見つめた。


「いくら仲が良くても、言えないことだってあると思うの。だから蒼くんが知らなくても仕方がないんだよ! だから落ち込まないで?」

「……?」


 お、落ち込む……? いや、別に俺、落ち込んでないし。


 あぁ、本当に話が通じない。誰か助けて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ