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これが俗にいう漫画展開という奴か。

「蒼くんはお昼ご飯中なのに、こんなところまでお仕事持ってくるなんて酷いと思う」


 静かな食堂に、来栖の声が響いた。


 いつの間にかあんなに騒がしかった食堂は、授業中かとつっこみを入れたくなるくらい静まり返っていた。だからこそ、余計に来栖の声が響いている。

「まさくんは年上なのにそんな態度をとるなんて、酷いと思う」

 

 常識が、ないと思う。


 そう、来栖は言い放った。



 勝ち誇ったような笑みを浮かべつつも不快感を露わにした表情は、真っ直ぐに土井に向けられていて。土井は少し肩を揺らして驚いたように目を見開いた。空気に飲まれたんだろう。それほどに、来栖の威圧感は凄かった。

 

思わず、俺まで来栖を見上げて一言も発せなかった。やっと我に返ったのは、土井が小さく息を吐き出した音でだ。情けない先輩でごめん。


 やっと口を開こうとした俺を遮るように、土井が被せる様に声を上げた。


「来栖、お前……」

「すみません!」

「なんで? 俺がやっていいって言ったんだけど」


 俺ら三人、前世兄弟だったんじゃないかってツッコミ入れたくなるほどのタイミングで、俺の言葉を土井が、そして土井の言葉を田所の声がかき消した。


 頭からどかそうとしていた土井の手を、田所が掴む。その言葉とその行動に、周囲が息を飲んだ。

「土井さんが撫でたいっていうから、どうぞって言ったの」

「う、嘘……っ」

「なぁに? それとも俺達の会話を最初から最後まで聴いていたの? あんな遠くに座ってたのに? それ怖くないかな?」


 来栖の言葉に、田所が畳み掛ける様に疑問を飛ばしていく。声を荒げてもいないというのに、誰も文句を言えない雰囲気を醸し出していた。



「ふ、ふくっふっ、副会長!! そんな言い方は姫が可哀そうだよ……!」

 ここで怯えながらも噛みついてきたのは、来栖の横に控えて(笑)いた生徒会の書記、金森だった。俺達の視線が怖いのか、来栖への田所の言葉に憤っているのかわからないがぶるぶると震えてていてなんだか噛みつく前の子猫の様だ。来栖が愛でているというご自慢のくせ毛が揺れている。


「そうだ。姫はお前なんかの為を思ってそこの一年を諌めているのに」

 書記くんに続いたのは三年の議長、小暮。緩い校則に引っかからない少し長めの髪を首元で括って横に流している姿は、芸能人と勘違いされそうなほどの男前君。右の目尻にあるほくろがピロっぽいそうだ。……ピロってなんだよ間違えたよ、色っぽいんだそうだ。女生徒から圧倒的人気がある、チャラ議長。


「……」

 あれ。ここまで来たらもう一人も声をあげるかと思ったのに、何だよスルーかよ。他者紹介できねーじゃねーかよ。

 思わずよく分からないところで眉を顰めた俺は、おもむろに他者紹介できるとこを見つけたので紹介します←

 よく見たら、来栖の腰に手をまわしてました。そして長い前髪の隙間から見える細い目は、じっとこちらを睨みつけている。そんな彼が、本当は一番落ちちゃいけなかった、生徒会長、大海。

 

それよりお前高校三年生だろ、男子高生だろ恥ずかしくないのかよその行動!!


 見ているだけで蕁麻疹が出そうな光景に内心溜息をつく。ここまで来たら、風紀委員の職務かなぁ。そう思いつつ、珍しく田所がやる気になっているのでちょっと様子を見ようと頬杖をついた。むろん、土井へ向けられる視線を少しでも遮るように。



「金森書記、小暮議長、大海会長。三人とも俺が言った事、おかしいと思う?」


 

「やめて!」



 三人への追及を遮ったのは、なぜか来栖だった。 

 瞳をうるうるさせながら、会長の手から離れて田所の前に立つ。驚いたのは三馬鹿だけで、周囲は胡散臭そうな視線を向けた。


 かくいう俺達三人も。



 来栖は気にしないのか、分かってても流しているのか。両手を胸の前で組み、田所へと視線を向けた。



「ごめんね! 私が余計な事言っちゃって! でもお願い、私のせいで喧嘩なんてしないで?」



「……」



 瞬間冷却。

 背筋を這い登ってくるような悪寒に、思わずそんな言葉が脳裏に浮かんだ。


 この状況とこの雰囲気の中、原因を作った来栖がなぜか他責のような言葉で許しを請う意味が解らない。原因は来栖で、来栖の責任において本人が謝罪するのが正解だろう。


 俺と同じ疑問を持ったのだろう。小さくため息をついた田所が、一度目を伏せて来栖を見上げる。


「何だろうね、その言い方。その通り、来栖の……」


「姫!! 姫が謝る事なんてないよ!」

 冷静な田所の言葉は、書記に遮られた。ぎゅっと、来栖の握りしめられた両手を書記の手のひらが包み込む。


「そうだよ。姫は副会長を助けようとして、勘違いしただけなんだろ?」

 一歩、来栖に近づいて議長が頭を撫でる。


「ただの勘違いを、そんな目くじら立てて怒るとは。副会長には余裕が足りない」

 そう溜息をつきながら、会長が田所と来栖の間に立った。

「けれど間違えたのだから謝ろう。勘違いをしてしまっただけだ、そこまで怒る事でもあるまい」

 そう言って、なぜか会長が土井に対して頭を下げた。すると、議長と書記までもが憎々しげな表情のまま頭を下げる。あくまで軽く、だ。だが。

 そんな三人を見て、来栖は涙ぐみながらぶんぶんと頭を振る。


「やだっ、私の為になんか謝らないでっ! 私が悪いの! 土井さんを怒らせてしまって!」

 そう言って来栖が、ぎゅっ……と会長の背中に張り付いた。 


「え?」


 突然名前を挙げられた土井は、驚きのあまり一言発しただけで何も言葉にならない。ただ自分に対して頭を下げる生徒会の三馬鹿を見上げるだけ。


「ちょっと待って。話してるのは土井さんじゃなくて、俺……」

 話の流れに驚いた田所が、がたりと音を立てて椅子から立ち上がる。けれどそんな田所を無視するように、来栖は土井に視線を向けた。


「ごめんなさい、土井さん!」

「へっ? あ、いや、あの……っ」


 ほろりと来栖の目尻から、涙がこぼれる。それを見た三馬鹿が自分たちの背後に来栖を隠した。

「泣かせるまで、許さないとは……。風紀委員も落ちたものだな」

「待て待て。今のどこに土井の過失があった」

 さすがに会長の言葉には黙っていられなくなって、声を上げた。今の流れで、どうして土井が怒っていることになるんだ。言い掛かりにも程がある。

「文句を言ってきたのはそっちだろう。なんでこちらを悪者にしようとしている」

 俺の言葉に、来栖が弾かれたように顔を上げて叫んだ。



「ごめんなさい!」



 その言葉を残して、来栖が駆け出した。一拍遅れて彼女を追う様に、三馬鹿も駆け出す。最後にこちらによこした視線は、憎悪ともとれる強いものだった。




 残された俺達は……周囲の人間はぽかんと口を開けたまま、その姿を見送るしかなかった。

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