風紀委員会委員長’sは、副会長が癒しです
そこには、分厚いファイルを抱えた土井が呆れたような表情で俺達を見下ろしていた。
「おう、お疲れ」
土井の苦言にものともせずちびっこの頭を撫で続けていた俺の手が、がしりと掴まれる。ほそっこい女の指は特に動きを阻害するような力でもなかったけれど、仕方なく止めた。
「おやめください、委員長」
じろりと落される冷たい視線に、眉を微かに上げて小さく笑う。
「はいはい、悪かったな。土井も座れ」
これ以上怒らせるのは得策じゃないと肩をすくめて椅子を勧めれば、小さく断りを入れて土井が腰かけた。テーブルに置かれるのは、俺が頼んでいたファイル。
俺の手から逃れたちびっこは頭をぐわんぐわんと余韻のように動かしていたけれど、両手で顔を押さえて一息ついた。
「土井さん、ありがとう。助かった、本当に助かった」
「いえ、うちの委員長が申し訳ございません」
そう言って頭を下げる土井の髪が、目の前で揺れる。ちびっこのフワフワなくせっ毛とは違って、サラサラのミディアムストレート。徐に手を伸ばす。
「お前、髪綺麗だよな」
首元からさらりと揺らせば、ぎっ……と冷たい視線が復活した。
「委員長。これ以上、何か言われたいのでしょうか」
「すみません」
いつもは可愛い土井は、スイッチが入ると大変面白い土井に変わる。からかっちゃいけないとは思うが、楽しくてやめられない。妹欲しかったんだよねぇ。最初はあんなに初々しかったのに、五ヶ月経って慣れられちゃったよ俺の扱いに。……が、それもまたよし。
そんな土井の目は、ちびっこに向けられている。可愛いものが好きな土井の今一番のお気に入りは、目の前に座るこのちびっこ男だったりする。
まぁ、可愛いからな。男だけど。
「ごめんねぇ。いつも土井さんに助けてもらっちゃって、情けないよね」
でもこいつ俺が止めろって言っても聞かないんだ……と、ぐちぐち文句を垂れ流すちびっこを愛でる様に見る土井。立場が逆だよ、先輩後輩。
「いえ、かわ……副会長はとても優しい先輩です」
にっこりと満面の笑みを浮かべているけど、今、絶対可愛いって言おうとしたよな。本音駄々漏れさせようとしたよな!
「ありがとう。土井さんは優しいねぇ」
騙されるな! 今確実に、「副会長かわゆす、萌える!」とか思ってるはず。
「……何か、委員長」
「いや」
土井。お互いに、制御可能な表情筋持っててよかったな!
まぁ、こんな脳内妄想で遊んでても話が進まんからな。
首をこきこきと鳴らしてストレッチをしつつ、土井が持ってきたファイルを手に取った。
「悪かったな、こき使って」
「いえ、私も気になっていましたし」
だろうね。
内心そんな言葉を返しながら、再びそれを机に戻す。そんな俺を見ていたちびっこ生徒会副会長……田所 雅臣が、首を傾げた。
「見ないの?」
あざとかわいいな! この天然め!
来栖より、こいつの方がヒロイン属性高い気がするんだけどな!
横から感じる視線に目を向ければ、なぜか俺の思考を読まれたかのように土井が納得の表情と共にサムズアップをしていた。
……土井が壊れてきたな(笑
俺の答えを待っている田所に、小さく肩を竦める。
「一応、風紀の機密だからな。ここじゃ読めないから、後で読む。お前も来るか?」
「え、俺見てもいいの!?」
風紀の機密、本当は生徒会に見せていいわけがない。けれど、関係者であるならば別だ。
「あぁ、お前にも見てもらいたいし。土井は、放課後何か用事あるか?」
田所に是を返しながら、土井へと視線を向けた。少し面食らったように瞬きをした土井は、特にはありませんが……と言い淀む。
「調べた時点で内容は把握しておりますので、私がいる意味はないかと思われますが……」
まぁ、その通りだよね。でも、俺には合ったりするわけだ。
「今朝、申請通ったから言っておくな。土井、3年時の風紀委員長に決まったから」
「は? 私がですか?」
ぽかんと呆気にとられた表情の土井が可愛い、ちょっとかつ丼詰め込んでみた……あぁ食べ終わってた。
雛鳥に餌付けする親鳥の気持ちを感じつつ、表情筋だけはくそまじめに土井の言葉に頷いた。
「あぁ。さすがに初の女性委員長だから許可まで時間かかったけど、俺と木ノ本先生からのお墨付きだからな。指名制だから、拒否権なしだがおめでとう」
「それ、おめでとうって言葉でいいのか悩んじゃうね。風紀委員長は大変だから」
ほんの少しカッコよく言ったつもりの言葉を田所に遮られて、おもむろに頭を撫でまわす。あー、くせっけ癒されるな―。
「あの、本当に?」
土井はどっかに言った意識が少しずつ戻ってきたのか、俺を見ながら問いを繰り返す。
「あぁ、本当だ。大変だと思うけど、よろしくな。まぁ、大変なのは俺が身にしみて分かってるんだけど、よろしくな。撫でるか?」
何を、という言葉がなくても土井には通じたらしい。膝の上に置いてあった手を伸ばして、田所の髪をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「んあっ? 何、なんで土井さんまでっ、はっ?」
「すみません、お祝いという事でよろしくお願いします」
「お祝いがこれぇぇっ?!」
一応先輩だからと我慢していた土井が思いっきり田所をもふるのを微笑ましく見ていた俺は、嫌な気配に視線だけ横に流した。
「……」
強く、こちらを見据える視線。
まだ数メートル向こうにいるのに、肌をぞわりとさせる強い視線。
「お昼までお仕事するなんて、蒼くん頑張りすぎだと思う! 大体、土井さん。まさくんは上級生なのに、何してるの?」
生徒会三馬鹿を引き連れて俺達の横に立ったのは、言うまでもなく来栖だった。