反撃開始、その前に。 <書記くんの事情。>
お久しぶりでございます^^
中々更新できずにすみません。
今後ものんびりゆったり更新になると思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
生徒会書記 金森 圭
生徒会書記の金森 圭の一日は、お手伝いさんの電話から始まる。
「圭様、起床時間になります」
「……ありがとう」
スマートフォンから流れてくる機械的な声に、何とか喉を絞って掠れた声で礼を伝えた。
部屋についているシャワー室で眠気を吹き飛ばし、制服に着替え身支度を整える。鏡の中の圭は、どこか歪に引き攣った表情を浮かべていた。
俗にいう豪邸である自宅は、自分の部屋から食堂までも少し歩く。
ここまで大きい家も、父親曰くセキュリティの為だそうだ。圭にはここまでする必要があるのかまったくわからないけれど、大きな敷地は侵入者を拒みやすく、また見つけやすいが為。大きな家は、重要な部屋を目くらましする為。全ての事柄には理由がある。それに気付き、自分でも考えられるようにならなくてはいけない。
お前はこの家を継いでいくのだから……と、ことあるごとにそう言われている。
金森家は、日本有数の大企業の一つを経営している。
元々裕福な商家だった金森家だったが、戦後貿易業に投資した事で一気に会社の規模が大きくなった。古くから続く由緒ある家柄の人達からは成金と蔑まれている部分もあったが、婿に入った圭の父親がかなりのやり手で周囲を黙らせるくらいの力を手に入れた。
それは今通っている学園を運営している一族に、追随できるほどに。
その分、子供に対しても厳しい父親だった。
圭は父親ではなく線の細い母親に似た子供で彼が望むような男らしさを持つことはできなかったが、母親に似て愛嬌があり人の機微に敏感だった。
人脈づくりのパーティや富裕層達の集まりに行っても馬鹿にされるのではなく、可愛がられた。特に厳つい父親の傍らににこにこと柔らかい笑みを浮かべた圭がいると、それだけで父親の威圧感をいい意味で緩和していた。
子と父、その存在が飴とムチだったのだ。
父親から、いつも言われる。
お前は自分の見目の事をいつも気にするが、そんなものは関係ない。
人は自分の強みを武器として、社会と渡り合って行けばいい。
だからこそ、その笑顔は崩すんじゃない。表情を作って、相手に心中を見透かされないようにしろ。
懐に入り込んで、笑顔を浮かべ、そして冷静に物事を判断するんだ。
それがお前に必要なことであり、お前ならできることだ。
その言葉は幼い頃から繰り返され、圭を縛り付けていた。
「おはよう、お父さん」
食堂のドアを開ければ、少し大きめのテーブルで珈琲を飲みながら新聞を読んでいる父親がいた。知らず、背すじが伸びる。
父親は厳つい表情をそのままに、視線を圭に向け「おはよう」と低い声で応える。その横で圭に似た可愛らしい母親が、にこやかに笑って立ち上がった。
「おはよう。私の可愛い圭くんは、よく眠れたかしら」
ふふ、と笑みを浮かべて傍によると頭を緩く撫でた。
圭のふわふわなくせっ毛が、母親の手によって柔らかく揺れる。
「おはよう、お母さん」
いつもの笑顔を浮かべて応えれば、母親は嬉しそうに頷いて圭の髪にもうひと撫でと手のひらを滑らせる。
「朝食を持ってきてもらいましょうね。さ、早く座って」
圭の肩を両手で押して椅子へと向かわせると、近くにいたお手伝いさんと共に朝食を取りに厨房へとドアから出て行った。
本来なら雇い主である母親が一緒に取りに行かなくてもいいのだが、圭の食事だけは「母親らしいことをしたい」という小さな理由で自分も取りに行くことにしているらしい。
そんな母親の後ろ姿を見送って、圭は椅子に腰を掛ける。
おしゃべりな母親がいなくなり寡黙な父親と二人の空間(お手伝いさんはいるにしても)は、いつもの事とはいえ緊張してしまう自分がいる。
今日は珍しく読んでいた新聞をばさりとテーブルに置いた父親が、呆れた様な溜息をついて口を開いた。
「……アレの過保護は中々治らんな。お前も嫌だったら、拒否していいんだぞ? 言う事を聞きすぎるのも良くない。お前にとっても、アレにとっても」
父親の苦々しい声に、圭はにこりと笑う。
「小さい頃から病気ばかりでお母さんには心配ばかりかけてきましたから、気が済むのならそれでいいと思って」
圭の返答に眉を顰めるも、父親は小さく頷いてそれに対して何かいう事はなかった。
いい意味で、放任主義。
けれど、それは圭にとって良かったのか悪かったのか。
放任主義の父親。
過保護な母親。
そして、笑顔を武器として渡り歩くよう幼い頃に父親に言われた言葉が、圭をがんじがらめに縛りつけていた。
現に、自分が笑えば皆穏やかに笑ってくれる。
喧嘩をしていても、自分が声を掛けるだけで「仕方がないなぁ」とでもいう様にいう事を聞いてくれた。
いい事ばかりだ。良い事ばかりなんだけど、――それだけだ。
圭にとって、圭自身が一番分からない存在になってしまった。
幼い頃から笑顔の仮面をつけ続けた圭にとって、本当の自分がまったくわからない存在になってしまっていた。
自分を主張することができない。皆が望む笑顔を張り付け、皆が望む立場に似あう自分を演じる。なんの心積りをしなくとも、息を吸う様に圭は「圭」を演じる。微かな不協和音を奏でながら。
その違和感は理由はなくとも圭を侵食し、心を疲弊させていった。
「行って参ります」
朝食を食べ終えた圭は、仕事に行くという父親の個人で契約している送迎車に同乗し学園まで送ってもらった。車のドアを閉めて頭を下げると、表情を変えないまま父親は小さく頷いて静かにその場を後にした。
父親が乗っている電気で走る自動車は静かで、まるで乗っている人を体現したかのよう。
母親は言うまでもなく、父親からもきちんと愛情を受けている自覚はある。……あるんだけれど……。
「あっ!」
自分の父親だというのに息が詰まりそうだった圭は、可愛らしい声に満面の笑みを浮かべて振り返った。
「圭くん、おはよう!」
朝一番から会えるなんて、今日は良い日だな。
語尾に音符をつけたくなるくらい一瞬にして浮かれた心のまま、駆け寄ってくる女生徒へと足を向けた。
「姫、おはよう!」
果たしてそこには想像通り、とても可愛くてとても明るくてそして優しい、圭の愛する姫の姿。長い髪をゆらゆらと揺らして、嬉しそうな笑顔で傍に立った。
「今日は一番に圭くんに会えたね! 少しでいいからお話したいな、カフェテリアに行かない? まだ時間あるよね?」
「うん、大丈夫だよ! 姫と話せる時間は僕にとって一番大切だから。授業よりも姫といたい」
そう素直に告げれば、姫は恥ずかしそうに頬を押さえながら圭の背中を軽く叩いた。
「圭くんも口が上手くなったね。恥ずかしいよー、そんなストレートに言われると」
圭は慌てて両手を目の前でふる。
姫に誤解はされたくない。
「社交辞令じゃないよ? 姫と話せて、僕は幸せ」
「あー、もうやめてっ。恥ずかしいってば! じゃ、行こっ」
恥ずかしそうに頬を赤くしながら、姫が先立って歩き出す。その後ろを慌ててついていきながら、圭は穏やかに微笑んだ。
それは、自分が忘れたと思っていた本当の自分の表情。
……姫が違和感の正体を見破ってくれたから……、それを取り除いてくれたから僕は僕でいられる。姫がいれば、僕は幸せなんだ。
姫の背中を愛おしそうに見つめていた圭の脳裏に、少し前の光景が浮かび上がる。
そう、初めて姫と会った……会いに行った日の事を……。




