とある男とサポーターの報告会……1
「君にしては珍しいミスをしたね」
毎週報告書を持ってやってくるのは、学校が休みの土曜日。会社も週休二日ではあるけれど、ほぼこの部屋に住み着いているとでもいうような私には、あまり曜日は関係ない。
コアタイムだけ確実にいればいい、フレックスタイム制とはとても便利なものだ。
いつもの如く報告書を持ってやってきた彼女が、今週あったイベントを報告書だけではなく口頭で伝えはじめるから何事かと思えば。
私の言葉に肩を竦めて、彼女……皆川は苦笑を零した。
「副会長の田所君は、きっとこちら側の人間ですよ。あんな可愛い顔して、最後は私に一矢報いて行きましたからね。あれは策士で負けず嫌い、懐に入れた人間はとことん守り通すタイプですね」
「ほう? 若いのに凄いな。君に策士とまで言わせるとは。童顔で策士って、親近感湧くんじゃないの?」
「うるさいですよ」
少し悔しそうに唇を突き出す皆川を微笑ましく見ながら、受け取った報告書をぺらりと捲る。
パソコンで作成したであろう報告書は二部。一つは目の前にいる皆川のもの、もう一つは……。
「姫には、上から目線で許されちゃいましたよ」
……もう一つは、来栖 姫冠。今代のヒロイン。
パソコンで作成した機械的な文字だというのに、その行間から言葉の端々から自分へ挑むような雰囲気が感じられる。
会った当初は唯の自意識過剰な女子高生かと思ったが、なかなかどうして度胸も頭脳もある癖の強いヒロインだったようだ。
「姫は、どこまでも人の上に立とうとする気質だね。自分に注目を集めたい、自分を一番に想って欲しい。けれど一人になるのは嫌だから、周囲を巻き込んで「人の壁」を作り上げる。前の学校で友人が一人もできなかった反動だろう」
「友人ですか……? 「お友達」ならできるかもですけど、友人は難しいんじゃないですかね。あの子は息を吸う様に自分を演じられる。しかも嘘をつくなら可愛いものを、「真実」を「選んで」肯定することで相手の錯誤を誘い、いつの間にか自分のテリトリーを広げていく。もう、私の手を離れつつありますね」
軽く目を瞠る。
皆川がここまでの評価を下すとは……、今までのヒロインのほうがましだってことか?
「何人かサポートしましたが、今までの子はどちらかというと自分の素のままに行動して周囲を巻き込んでいくタイプでしたが……、彼女は違う」
少し口を噤むと、皆川は私の持つ報告書を指先で弾いた。
ぱしっ……と、軽い音が微かに響く。
「泣かないし挫けないし前向き。無邪気で天然で明るくて。確かに最初に私が設定して見つけた人ではありますが、あの子は「無」邪気ではないですね。邪気のある天真爛漫さ。計算しつつ、自分が必ず愛されるものだと確信してる」
そこまで話してから、ぶるりと肩を震わせた。
「あなたが出した条件。あれを大人しく飲む子だとは、到底思えません。終わりの際は、二重三重のプランを考えておいた方がいいと思いますよ」
「私の心配をしてくれるのかい? それは優しい事だ」
心配そうな声音の皆川に笑いかけると、おちょくられたとでも感じたのか眉間に皺を寄せる。
「ふざけないでください。確かに契約は交わされてますから向こうが駄々をこねてもどうにもなりませんが、あの子は何をするか分かりません」
「大丈夫だよ」
まだ何か言いたそうな皆川の声を遮る。
不服そうに口を噤む皆川に、口端を上げて笑みを向けた。
「邪気だらけの私に、小娘が敵うわけないだろう? これはビジネスだ。二重三重の契約が発生してる、否やは言わせない」
姫とだけの契約ではない。多方面にわたる契約があるからこそ、彼女はあの学校で存在できるのだから。
皆川は笑みを浮かべる私を一瞥すると、肩を落として息をはきだした。
「大人の世界は怖いですね。子供たちが可哀そうですよ」
「君がそれを言うのかい? 君も、こちら側の人間だろうに」
皆川はそれまでの不機嫌顔を一変させると、少女にしては大人っぽく、大人にしては幼気な笑顔を私に向けた。
「私は女子高生ですから」
思わず吹き出しそうになるのを、口を閉じる事で何とか思い留める。皆川は、ふふん……と鼻で笑うと一歩後ろに下がった。
「では、今日はこの辺で。部署の方にも顔を出したいので」
「お疲れさま。ほどほどにするんだよ」
ひらりと手を振ってドアを開け出ていく皆川の後ろ姿を見送ると、私は報告書へと視線を落とした。皆川の報告書には、姫曰くの攻略対象者達やその他の生徒達の報告がまとめられている。
それをしばらく眺めていたが、小さく息を吐き出して机の上に滑らせた。
……名門名家の生まれというのも、甚だ面倒で生きにくい世界だ……




