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きーぱーそん?

 前門の姫の取り巻き、後門の後輩ちゃんと姫の取り巻き。

 周囲に視線を走らせれば、物珍しそうな好奇心を隠そうともしないギャラリーな学生の皆様。それはそうだ、ここは食堂なのだから。こんなところでこんなことをしていれば、そりゃだれだって見る。

 俺だって見る。


 表情や態度に見せないまま、田所の背中には冷や汗がたらりと流れた。


 ギャラリーはまだ大勢とまでいかず、付近の学生たちが見ているだけ。しかもうまく壁のように立っていて、食堂の中心から田所たちを隠してくれている。

 そのおかげでここからは見えないけれど、多分、いつもの席に来栖と三馬鹿生徒会がいるはず。



 ――ここに来栖たちが来たら、すげぇ面倒くさい



 数秒で状況を把握した田所が考え付いた最上の策は。


「土井さん、探してたんだよ!」

 ほんの少し流れていた静けさを打ち破るように、けれどさりげなく。にっこり笑って、土井の手を掴む。

「?」

 驚いたのは、土井も一緒。そしてクラスメイトという名のお取り巻きやギャラリーも。

 色々な視線を受けながらも、田所は表情に出すことなく土井の手首を掴む。

「ほら、昨日連絡した件なんだけどさ、いきなり今日中になっちゃって」

「え?」

「俺を助けると思って……お願い? 清宮には許可取ってあるからさ」

 周囲どころか土井も分からない内容だろうけれど口を挟ませないように、田所は言葉を重ねる。

 嘘を嘘と見抜かせない方法は、少しの真実を混ぜる事。


 突然の事に呆気にとられている姫の取り巻き達に向けて田所は眉をハノ字に下げると、ぱんっと両手を合わせた。

「ごめんね! ちょっと焦ってて。生徒会の仕事が、中々仕事が進まなくてさ」

 ついでにちくりと嫌味に聞こえないよな声音で、きっちりと嫌味を一つ。



 逃げるが一番! それ以外に道はない!



 土井にも田所の意図が通じたのか、きりっとした表情で頷いた。

「分かりました。委員長も了承されているのなら、私に否やはございません」

「ありがとう、助かるよ!」

 内心、ほっと胸をなでおろしながら突っ立っている姫のお取り巻きに視線を向けた。


「本当に申し訳ないんだけど、もう話しはいいかな? 急ぎの仕事があるんだ」


 申し訳なさそうな声を出して、首を傾げる。するとわたわたと動き出したお取り巻き達が、良いお返事を返してきた。

「お忙しい所に呼びとめて、本当にすみませんでした!」

 三人の声が、綺麗に重なる。

 それを耳に留めながら、田所は小さく息を吐いた。



 ……本当に、この三人にとって来栖は手を差し伸べてフォローする存在なんだろね。俺に嫌な顔をされるかもしれない事を前提にしてもなお、こうやって声を掛けてくるのだから。

 それでも行動は常識を外れてはいない……驚きはするけど……所を見るに、「大丈夫だよ」と言いたくなってしまう。


 昨日、土井さんが言い包められてきた状態が、こんなところで分かってしまった。

 来栖が直接って所じゃないのが、きっとミソなんだろう。


 そんなことを考えながらも、体は正直に出口へと向かおうと足を踏み出そうとしたところだった。



「食堂に来たのに、食事をしては行かないんですか?」

 冷静な声が、田所の動きを止めた。


「……」


 思わず表情を変えそうになって、それを留める。なんでもない風を装って、田所は顔を声のした方に向けた。

 その人は今までずっと黙っていた、土井に声を掛けた来栖の取り巻き。

 不思議そうな表情を浮かべているけれど、その実、目がまったく笑っていない。感情について行っていない。

 田所の危険察知アラームが、再び鳴り響く。

「食堂に来られたってことは、用事があったからですよね? それなのに何もせずに戻るんですか? それって、ここから立ち去る言い訳というか……その……やっぱり来栖さんの事怒ってらっしゃるんですね……」

「え?」

 悲しそうな声音でそう言うと、小さく息を吐いて肩を落とした。


「そうですよね、嫌がっても当然だと思います。避けられてしまうのは、ちょっと寂しいですが……私達の自業自得ですよね」


 ……話がややこしい方向に進んだ……しかも、俺達に不利な方向で。


 田所の背中に、再び冷や汗が滲む。

 逃げ出せると思った瞬間、前に立ちふさがった女生徒。後ろの三人と違って、誤魔化せそうにない。


「今回、清宮先輩にご迷惑をおかけしてしまっていますが、来栖さんの本意じゃないと思うんです。仲良くしてもらいたい気持ちが、強く出過ぎちゃっただけなんです」

「だからといって……っ」

 田所が思わず反射的に口をついた言葉を遮るように、女生徒は頷く。

「分かっています。それを押し付けてしまうのは、迷惑以外何物でもないって。無邪気って、駄目ですよね。本当にすみません……」

 そう言って、深々と頭を下げる。慌てたように後ろの三人も、続いて頭を下げたようだ。

 


 ほんの少し、周囲に静寂が降りる。



 田所はそんな女生徒の頭を見下ろしながら、ぷつり、何かの糸が自分の中で切れたような気がした。

 それは普段貼り付けている仮面を結んでいた糸だったのか。清宮の友人として、我慢できないところまで来た堪忍袋の緒の切れる音だったのか。


「……」


 学生を楽しんでいた田所が出す事のなかった、社長子息としての感覚が彼を覆う。

 危険察知アラームどころではない、何か見え隠れする……隠れた背景。


「……」


 ただ一人の生徒の為に、仲がいいからかといってここまでやるだろうか。頭まで下げるだろうか。特に後ろの三人とは明らかに違う、会話や雰囲気を誘導するこの女生徒。



 田所はふんわりと笑みを浮かべると、彼女の肩に手を置いてその上体を起こさせた。

「君達が謝る事じゃないのに、頭まで下げさせてしまって。僕の方こそごめんなさい」

「え……」


 こんな返しが来るとは思っていなかったのだろう。驚いたようにぱちぱちと瞬きをすると、何か言おうと口を開く。けれどそれを遮るように田所が大きめの声を出した。


「まさか転びそうになった来栖さんを助けたことが、ここまで大事(おおごと)になるなんて清宮もわからなかったんだ。まさかただ転んだ来栖さんを受け止めただけで、こんなに噂になるなんて」


 ざわり。


 ギャラリーと化している学生達から、こそこそと小さな声が漏れ聞こえてくる。あれだけ大きくなった噂だけれど、実は誤解だと、清宮と仲のいい俺が言っているわけだから。

 自分の思っている方向に行かなかったからか、女生徒が少し焦って田所の言葉を遮ろうと声をあげた。けれどそれを許す田所ではない。

「田所せんぱ……」

「この噂は誤解だっていう事を、君達からも周りの人達に伝えてくれないかな? じゃないと、来栖さんが可哀そうだよね」

「いや、あの……」

「だって自分の知らないところであの娘が無邪気でごめんなさいとか言われてたら、嫌じゃない。噂は誤解なのに。君達も来栖さんの事が大切なら迷惑をかけたことを謝るより、真実を話して誤解を解いた方がいいと思うな。ね?」


 最後だけ、後ろに立ったままの三人に向けて同意を乞う。彼女達はぽかんとしていた口を慌てて締めてぶんぶんと頷いた。

「分かってくれたなら嬉しいよ。僕はここにお弁当を買いに来たんだ。だからこれでごめんね? 行こう、土井さん」

「はい、田所先輩」


 にっこりと笑って頭を下げると、こちらこそすみません! と叫ぶ彼女らをしり目に土井に視線を向ける。

 さすがにもうすべて把握しているのだろう。土井は動じる事もなく頷くと、隣に立つ声を掛けてきた女生徒に頭を下げた。

「申し訳ございませんが、これで失礼いたします」

「……こちらこそ、呼びとめて悪かったわね」

 表情は取り繕っているけれど、悔しそうな声音が微かにまじっている。


 田所は彼女に視線を向けると、にっこり笑った。

「君、名前はなんていうの? 友達の為にここまでする素敵なクラスメイトの名前、教えてくれるかな?」

「……」

 一瞬ぐっと言葉に詰まったけれど、それを感じさせないように素早く彼女は頷いた。

「皆川です、田所先輩」


「そっか、皆川さん。それじゃ噂の件、よろしくね? 来栖さんにちゃんと話を聞いてみて」



 君達もね! そうギャラリーに向けて言い放つと、今度こそ田所は土井とその場をあとにした。

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