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正当な生き方

4


「あは、おっじゃましてま〜す」


僕が家に帰ると、ニグリカさんに抱きつくように体重をかけている女性がいた。


「あ、えと、僕、この家でお世話になっております、竜崎と申します、」

「聞いてる聞いてる〜〜! ヒモニートなんでしょ? あは」

「、す、みません……」


足が無意識に一歩後退りして、後ろ手にドアノブを掴む。そんな逃げ腰の僕を見て女性はぱちくりと瞬きをした。まるで星が散っているかのような瞬きだ。綺麗な人ではあるけど、いかにもくせ者と感じる。


「あれ? ひょっとして気にしてるのぉ? 大丈夫大丈夫、あたしもニグリカに頼るつもり満々だから〜! ていうかすでに頼ってるし?」


女性がニグリカさんをソファに押し付ける。押し倒す、とまではいっていないが、ニグリカさんは非常に不愉快そうな表情をしている。

 僕はといえば、突然現れた人がニグリカさんに接触していることに嫉妬し、しかしゲンキンなことにも、彼女も事情は知らないがパラサイトであって、僕の仲間であるということにほっとしていた。赤信号は皆で渡った所で赤は赤であり、迷惑なことだというのはわかっているのに。


「ね〜ニグリカ? おこずかいちょうだ〜い?」

「……いくら欲しいん。やるからさっさと出て行き」

「あは、さっすがニグリカ、話がはや〜い! ん〜、20万くらい欲しいかなぁ〜〜」


ニグリカさんが無言で女性を押しのけて立ち上がる。女性は僕を見て、ニグリカさんに向けていたような威圧感のある笑みではない、柔らかな笑みを浮かべながら近付いてきた。


「ごめんね、いきなり。あたし櫓屋望星っていうの」

「あ、よろしく、おねがいします」

「よろしく……、竜崎くんって綺麗だね」

「えっ? いや、そんな、そちらの方がお美しいと思いますよ」

「ふふ、あたしが美しいから、あなたは綺麗じゃないってわけじゃないでしょ? 竜崎くんが綺麗なのは事実なんだから、謙遜ばっかりしちゃだめよぉ……。ねーニグリカぁ?」


慌ててニグリカさんの姿を探したものの、どうやらニグリカさんは別の部屋に行っていて、聞こえてもいなかったようだ。少しだけ、ニグリカさんが今の言葉をどう思うか、聞きたくて残念なような気もした。


「他人に寄生するのが嫌? あたし、傷つけちゃったかな?」

「……」


櫓屋さんを見上げる。彼女はいつの間にか、どっから持ち出したのかわからない椅子に座ってこちらを見下ろしていた。座りたがりの人っているよなぁ、とぼんやり考えた。そうして僕が意図的に話を途切れさせようとしているのに、櫓屋さんは僕から視線を逸らさず、じっと見ていた。


「……あたしは、良いと思うけどな? それも一つの生き方じゃない? 世の中、確かにギブアンドテイクで成り立ってるように見えるけど、ギブとテイクが一対一であることの方が少ないじゃない?」

「……まぁ……」

「ギブとテイクの比が、一対一でも良くて、二対一でもよくて、三対一でも成り立つし、なら、無限大対一だって良いと思わない?」

「……」

「当人の間でそれでいいなら、それでいいんじゃない? それに、本当に、無限大対一なのかどうかだってわからないし。あたしとかあなたとかが居るっていうそれだけで、何らかの恩恵があるかもしれないし」

「……」

「もっと、気にせず、ニグリカに甘えちゃえばいいのに。頼ってくれる人がいるって嬉しいんじゃない? あの子、殺し屋なんかやってるから基本一人だし。嫌われ者だし?」

「おい望星」


櫓屋さんは、最後、ニグリカさんが近付いてきてるのをわかっていて、わざと口悪く言ったようだった。ニグリカさんが膨らんだ封筒を半ば乱暴に渡す。櫓屋さんは、ありがと〜と言いながらそれを受け取り、ニグリカさんが何か言う。

 櫓屋さんが言った言葉は、日々自己嫌悪にさいなまれる僕にとっては耳触りが良く、筋が通っているようにも、思える。しかし、あまりに傲慢で身勝手な言葉だ。相手が文句を言わないのだからそれでいい。私達は存在するだけで価値がある。寄生させてもらう代わりに、甘えてあげる。可能である以上、それが一つの生き方だと正当化する。


「じゃ〜ね〜、ニグリカ、竜崎くん、また会ったらヨロシク〜」

「まったく……、……銀?」


でも、今の僕の立場で、偉そうにその意見を批判すること自体が限りなく傲慢不遜だ。僕はどうすべきなのだろうか。他人を批判するのも、自分を正当化するのも、良いとは思わない。しかし、いくら内心で反省したところで、何もできないには変わりない。僕が苦しんでも、ニグリカさんにプラスにならない。


「銀」


ニグリカさんの声にびっくりして顔を上げると、思いのほか彼女は近くにいて、僕は変な声を上げてしまった。


「そんな驚く必要ないやろ。どしたん」

「いえ、ぼーっとしちゃって……。なかなか激しい人でしたね」


ニグリカさんは、あいつのことは気にせんでええ、と嫌そうに言いながら台所の方に歩いていった。


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