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気持ちの配布


3.1


 行く先の方に、畑仕事をしている女性を見つけた。畑千野さんだ。彼女は良く日に焼けた体に、麦わら帽子、軍手につなぎという、健康と実直さの権化のような姿で鍬を振るっている。僕は目を逸らした。反対側の景色を見るようにして歩く。反対側にも畑が広がっている。気にも留めずにここまで歩いてきたが、こちらの畑も、おそらく彼女が耕したものだ。立ち止まりたくなる。引き返したくなる。


「あ……」


何故だろうか。無意識に彼女の方を見てしまった。そして、彼女と目が合った。大失敗だ。気付かない振りで視線を外すには、目が合いすぎた。彼女が屈託なく笑う。


「銀平くん、元気〜?」

「あ、はい、元気です……」


僕の小さな声を聞き取れたのかどうかはわからない。彼女は明るい笑顔のまま、くわを持ってこちらに歩いてきた。作業を中断なんてしなくていいのに。


「そろそろそっちの畑、さつまいもの収穫なんだよ〜」

「、お疲れ様です」

「収穫って頑張れば頑張るほど、すごく楽しいんだ〜」

「、そうですよね、」

「こっちの畑にはキャベツ植えるんだ〜」


明るくキラキラと輝く笑顔。声も弾んで、好感にあふれるものだ。だからこそ僕は彼女が苦手だ。実は彼女も、自分とは正反対な僕のことを嫌っていて、僕への当てつけにわざと声をかけているのではなかろうか。そう邪推しようとしても、彼女の人懐っこい笑顔にそんな片鱗は全く以て見つけられない。明らかに、僕の一方的な嫉妬と劣等感だ。彼女は活き活きとした調子で、古い倒木から自分で作ったという肥料を見せてくれた。僕はせめて自分の醜さは見せまいと必死に笑顔を作って頷いていた。



3.2


「僕は負担ですか?」

「は?」

「あ……その……」


ニグリカさんは僕を一瞥して鼻で笑った。


「たった一人養うのが負担になるような稼ぎはしてへん」


僕は自分から話を振っておきながら、何と返事をしていいのかわからずに俯いた。僕は、甘えている。ニグリカさんがそう言うとはわかっていた。逆に、もし負担だと言われたとしても、出て行く覚悟など僕にはなかった。


「……なんでもかんでも、気にしすぎや」


ニグリカさんは顔をテレビの方へ向けながら、横目でこちらを見ていた。心配されている。そして僕は安堵とともに気付く。僕はただ確認するために先ほどの質問をしたのだと。彼女からの情が未だ僕に注がれていることを、また、注がれる情は、惰性ではなく、積極性を持ったものであることを。僕の精神のなんと卑しく矮小なことか。

 その日はどうも感傷的で、僕は布団の中で忍び泣いた。願わくばこの流れる涙と同じように自分もまた透明になって……。そして?

 そして、もっとニグリカさんに心配されたい。

 僕は自嘲した。


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