冷めた家
孤児養護施設に入所させられることを
両親から聞かされた時、
三二郎は、とうとうそうなったかと
冷静に受け止めた。
東の高級住宅街。
広い家の中で、三二郎は大抵毎日を
一人で過ごしていた。
両親と三人家族だが、
三人が揃って家にいることは
ほとんどなかった。
父親と二人か、母親と二人か。
どちらかは常に演奏で遠くにいた。
父親は、三二郎を実の子として
認めていなかった。
妻が別の男との間に孕んだのだと
思い込んでいた。
母親は否定したが、
真実がどうなのかは父親にも三二郎にも
分からなかった。
ただ二人とも三二郎に、
自分達の食いぶちであるピアノだけは
教えてくれた。
一流ピアニスト同士の一人息子が
ピアノに無知だとは思われたくなかったのだ。
三二郎はその意を汲んでいたが、
音楽は好きだったし、
絶対音感も持ち合わせていたので、
苦痛ではなかった。
そんな中、まず母親が、
本当に別の男と深い関係になった。
その事が発覚して暫く経つと、
今度は父親が女を作った。
家は無駄に広かったので、
大人四人が揃い、
話し合いと言う喧嘩を続けても
近所迷惑にはならなかった。
三二郎は父親の女と母親の男が
交わっている場面も目にしたが、
口をつぐんでいた。
やがて、父親にも母親にも同時に
海外公演の仕事が回ってきた。
互いに、互いの恋人と二人で
日本を出る事が決まった。
別々の国へ。
両親は三二郎にはっきりと告げた。
もう日本には帰らないと。
それは、そんなに驚く事でもなかった。
子供っぽい駄々をこねることも
馬鹿馬鹿しく、
場をしらけさせるだけだと
三二郎は悟っていた。
誰からも本当に愛されたことなど
なかったし、
特に愛されたいとも思っていない。
孤児施設にはほとんど『天の子』しか
いないと学校で教わった。
そこでは健常者である自分の方が特殊だ。
三二郎はそんな所で
どのように立ち振るまえば
平穏に生活できるか、それだけ考えていた。