山神の声 ~絶対に、許さないからね~
まだ小さかった頃、私と友達はいつも山の中を走り回っていた。
一番好きだった遊びは、誰が一番早く山を下りられるか競争することだった。
一位になった者には、みんなでお金を出し合って駄菓子屋で買ったお菓子がもらえる。
だからみんな本気だった。
あの日もいつも通り、みんなで山頂まで登った。
合図が鳴る。
全員が一斉に走り出した。
それぞれが最短だと思う道を選ぶ。
最小限の動きで障害物を避ける。
小さな斜面があれば、そのまま飛び降りる。
今振り返ってみれば、確かに命知らずな行動だった。
山の中を駆け抜ける。
耳元では風が唸りを上げていた。
私の前を走っていたのはA君だった。
彼が急斜面から飛び降りた背中を、今でも覚えている。
その時、彼の体が少しよろめいた。
それでもすぐに体勢を立て直し、そのまま走っていった。
後ろを追いかけていた私は、何気なく足元を見た。
地面には石が積み上げられていた。
A君はきっと、その石を踏み崩してしまったのだろう。
『絶対に、許さない』
そこを走り抜けたとき、耳元をかすめるように声が流れた気がした。
山の下にたどり着くと、A君が一位だった。
「そういえば、さっき何か言った?」
A君は満足そうにお菓子を抱え、顔を上げて私にそう尋ねた。
「いや? あの時しゃべってたのはA君じゃなかったの?」
かすかに言葉を聞いた記憶はある。
何と言っていたのかは、はっきりとは聞き取れなかった。
男か女かも分からない声。
少し響いていて、まるで山そのものが木霊しているようだった。
私たちは深く考えもせず、そのまま解散して家に帰った。
その日の夜、まどろみの中で、ある声が耳元で静かに響き渡った。
『絶対に、許さないからね』
私はガバッと目を覚ました。
嫌な夢でも見たのだろうと思った。
しかしそれから、奇妙なことが起こり始めた。
仲間たちが次々と不運に見舞われるようになったのだ。
ある者は転倒した。
『絶対に……』
ある者は自転車が突然パンクし、そのまま田んぼのあぜ道に突っ込んだ。
『許さ……』
お風呂場で転んで、前歯を一本失った者もいた。
『ない……』
私自身も、山の斜面から転がってきた石に当たって怪我をした。
『からね』
そして最もひどかったのはA君だった。
交通事故に遭い、片足を失ったのだ。
私たちは病院へ見舞いに行き、この頃みんな運が悪すぎると話し合った。
すると全員が口を揃えて言った。
事故や怪我をする直前に、誰かの声を聞いたと。
「お前も聞いたのか?」
「聞き間違いかと思ってた」
話しているうちに、みんなの顔から血の気が引いていった。
病室のベッドに横たわるA君が、重い口を開いた。
「専門家に見てもらおうと思う」
そこで彼は、ある霊媒師を呼んだ。
霊媒師は年老いた女性だった。
六十代後半はとうに過ぎているように見えた。
顔には深いしわが刻まれていた。
彼女はキセルを吸っており、体からは線香の香りと、名も知らぬ薬草の匂いが漂っていた。
老婆は線香を手に、何やら呪文のようなものを唱え始めた。
A君の周囲を回りながら、十数分にわたって踊るような儀式を続けた。
そして動きを止め、険しい表情で尋ねた。
「あの日、何があったか覚えているかい?」
私は記憶を頼りに、その日の状況を説明した。
「山を駆け下りる競争をしていて、それでA君が石の山を崩して……」
老婆は私の言葉を遮り、焦った様子で問い詰めた。
「何の石の山だい? すぐ隣に、ねじ曲がった形の小さな木がなかったかい?」
「ええ、たしかにあったと思います」
私は記憶を探りながら頷いた。
あの木は妙に特徴的な形をしていたので、印象に残っていた。
「なんてことを……自分たちが何をしたか分かっているのかい?」
老婆は唇を震わせ、その顔は恐怖に満ちていた。
「山神様のお社だよ。お前たち、山神様を怒らせたんだ」
私は思わず病床へ目を向けた。
視界に入ったのは、半分しか残っていないA君の右足だった。
背筋が凍りつくような感覚がした。
そうだ。
あの日、石を蹴り崩したのは右足だった。
「どうすればいいんですか?」
私は慌てて尋ねた。
老婆は煙管を一口吸った。
白い煙が皺だらけの顔を覆う。
「誠心誠意、謝るしかないね。神様が許してくださるかどうかは、分からないけれど」
私たちは恐怖に駆られ、話し合った末に現地へ戻ることにした。
山神の像と祠を建て直すためだ。
私たちは山へ行き、恭しく謝罪した。
そして、新しい山神の祠を建てた。
不思議なことに、それ以降はあの不運がぴたりと収まった。
それ以来、私たちは二度とあの山へは行かなかった。
そのことについて口にすることすら恐れた。
そして去年。
A君の訃報が届いた。
昔の仲間たちが、みんな参列した。
式の後、A君の奥さんが涙を拭いながら私たちに頭を下げた。
「来てくださってありがとうございます」
「A君は、どうして……?」
私は悲しみをこらえて尋ねた。
「家で転んでしまって……頭を打って、そのまま……」
お悔やみの言葉を伝えた後、私は棺の中をそっと覗き込んだ。
A君は静かに目を閉じていた。
血の気を失った顔は、恐ろしいほど青白かった。
その時だった。
あの声が、耳元でかすかに響いた。
『まだ、許してないからね』
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