第6話 訓練
G1の九月、アラタの毎朝は五時に始まった。
起床。洗面。食事。施設の地下に降りる。それだけのことが、最初の一週間は重かった。体が慣れていなかったのではない。頭が慣れていなかった。眠りにつく前にユイのことを考えて、眠れないまま朝になることが続いた。それでも起きた。訓練は待ってくれない。
施設はテクノフォースの東京本部から地下道でつながった場所にあった。訓練室は広く、天井が高く、照明が強かった。常に昼の明るさだった。朝も夜も関係ない。ここでは時間の感覚が狂う。
訓練の最初の三日間は、ECSスーツを着ずに行われた。
「まず自分の体を知れ」と教官が言った。四十代の男で、元テクノフォースの前線兵士だった。左腕に古い傷跡があった。
「スーツは道具だ。道具を使いこなすには、使う側の精度が高くなければならない。お前たちの体の精度を上げる。それが最初の三日だ」
体幹トレーニング。反応速度の訓練。視野の拡張。複数の情報を同時に処理するための認知訓練。どれもアラタが思っていたより地味だった。派手な戦闘訓練を想像していたわけではないが、ここまで基礎的なものとは思っていなかった。
しかし三日目の夜、全身が悲鳴を上げていた。
四日目からECSスーツを着た訓練が始まった。
最初はスーツに慣れることだった。歩く。止まる。曲がる。しゃがむ。立ち上がる。それだけを繰り返した。スーツの人工筋肉は装着者の動作をアシストするが、力の方向が少しでもずれると動きがぎこちなくなる。体とスーツの動きを合わせる感覚を身につける必要があった。
アラタはそれが得意だった。
情報処理が得意なのと同じ理由だと思った。スーツからのフィードバックを読み取り、どこに力を入れてどこを抜くかを瞬時に判断する。それはデータを読んで取捨選択することと、構造的には同じだった。
「天城、お前は飲み込みが早いな」と教官が言った。
「そうですか」
「褒めてる。素直に受け取れ」
「・・・」
アラタは答えなかった。褒められることより、早く実戦で使えるレベルに達することの方が重要だった。
一週間後、ブースターの訓練が始まった。
背部に搭載された小型ブースターは、瞬間的な加速と短時間の浮遊を可能にする。しかし出力と方向の制御が難しく、多くの訓練生が最初の一週間で何度も床に叩きつけられた。
アラタも例外ではなかった。
初めて起動した瞬間、体が予想外の方向に飛んでいった。訓練室の壁に激突して、背中から落ちた。スーツが衝撃を吸収してくれたが、それでも息が詰まった。
「起きろ」と教官が言った。
アラタは起き上がった。
「もう一回だ」
また飛んだ。また落ちた。
十回繰り返した。十回全部、うまくいかなかった。しかし十回目は、最初よりは制御できていた。わずかな差だったが、確かにあった。
「今日はここまでだ」と教官が言った。
「お前は筋がいい。ただしブースターは感覚だ。理屈じゃない。体に覚えさせろ」
アラタはヘルメットを外して、床に座った。汗が顔を伝った。
筋がいい。
その言葉を、素直に受け取ることができなかった。筋がよくても、ユイを止められなかった。筋がよくても、颯太は死んだ。技術があっても、守れないものがある。
それでも立ち上がった。明日も訓練がある。それだけを考えた。
その夜、父から短いメッセージが来た。
――訓練はどうだ。
アラタは少し考えてから返信した。
――悪くないと思う。
しばらく待つと返事が来た。
――そうか。無理はするな。
アラタは端末を置いた。父が「無理はするな」と言うのは珍しかった。普段は無理をしろとも、するなとも言わない。ただ結果を見る人間だった。
窓のない部屋だった。今が夜なのか昼なのか、外を見ればわかるが、見なくてもいいと思った。明日また五時に起きる。それだけだった。
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