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神なき世界の創り方  作者: 秋源斗


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第48話 年の終わり

G2の十二月が終わろうとしていた。


 群馬の前線では、年末に向けて神徒連盟の動きが少し落ちていた。


田代は「油断するな。静かな時期が続く時は、次に大きな動きがあることの前触れであることが多い」と言った。油断はしていなかった。ただ任務の頻度は下がっていた。


ユイは空いた時間に、翼の出力調整と飛行の練習をした。


 練習には石川が付き合ってくれた。二人で山の中に出て、翼の出力を段階的に変え、自分の出力の向上を目的に飛んだ。十二月の山の空気は澄んでいた。息を吸うたびに冷たさが肺まで入ってきた。稜線の向こうに、薄い白さを残した空と白く雪が積もった山があった。


 出力を上げた時と下げた時の体の感覚の違いを覚え、最小出力で飛び続ける練習をした。光をほぼ出さない状態で、どれだけ高度を保てるか。


「もう少し翼の角度を保て。出力が落ちて角度が崩れているぞ」と石川が言った。


「やっぱり難しいですね」とユイは少し笑いながら言った。


「最初はそんなもんだ。体が覚えるまでやる」


「体が覚えるまでやれば、感覚で動けるようになりますか」


「感覚で動けるようになる。そうすれば、考えなくても自然に出来るようになる」と石川は言った。


「考えているうちは、まだ体に入っていない。練習を続けるぞ」


 さらに繰り返した。少しずつ長くなった。十秒。三十秒。一分。


 一分間、出力最低限で高度を保てた時、石川が「いいぞ、よく出来ている」と言った。


 充実感と疲労が同時に来た。翼を収めて地面に降りた。息が白く出た。十二月の山の空気は冷たかった。


石川が黙って歩いていた。二人分の足音が雪の上に残った。


「石川さんは、なんで神徒連盟にいるんですか」


「急だな。なぜそれを聞く」


「訓練について教えてもらいながら、聞いたことなかったなと思って」


石川は少し間を置いた。


「俺には妻がいた。だが、妻が死んだ。G1の初期の衝突で。妻は明るく、優しく、包容力のある女性だった。他人からも好かれやすく、俺にとってかけがえのない人だった。それが、あんなにあっけなく」


ユイは何も言わなかった。


「神が蘇らせてくれると思ったわけじゃない。ただ、あの衝突を起こしたテクノフォースに向かって何かしなければと思った。そして結果的にこちら側にいる」


「今も、そう思っていますか」


「何かしなければとは思っている。ただ、今は少し違う理由も混ざっている」


「どんな理由ですか」


石川は空を見た。


「この場所で田代の判断を多く見てきた。感情を殺した判断が、結果的に多くの人間を生かしている。それに意味があると思うようになってきた。それがどちら側かということよりも」


「意味があると思うのは、信じていると同じ意味じゃないんですか」


石川は少し考えた。


「信じるという言葉は、大きすぎる。意味があると思う、そういう考え方のほうが自分には近い。信仰で動いている人間とは、おそらく出発点が違う」


ユイは石川の横顔を見た。答えが一つじゃないことが、そういった考えもあることを知って、少し落ち着いた気がした。自分も、颯太のために、という理由だけで動いているわけではなくなっていた。この場所で田代や石川と動いてきた九ヶ月が、少しずつ別の重さを加えていた。


「私も、最初と今では少し違います」


「そうだろう」と石川は言った。


「変わらない人間はいない」


「石川さんは、変わったことを後悔していると感じますか」


石川は立ち止まった。ユイも止まった。しばらく山の静けさの中にいた。


「後悔という言葉も、あまり使わない」と石川は言った。


「変わったことは事実だ。だが、後悔しているかどうかより、次に何をするかを考える方が俺の性に合っている」


それきりだった。山道を拠点に向かって歩いた。


十二月の最終日、田代が全員を集めた。


「来年の動きについて連絡が来た。一月から二月にかけて、神徒連盟の北部拠点への増援が予定されているとのことだ。それに合わせてこちらも体制を整える。詳細は来月の初旬に共有する」


話はそれだけだった。


田代がその場を解散させようとした時、ユイが口を開いた。


「確認してもいいですか」


田代が視線を向けた。


「北部拠点への増援というのは、戦闘員の増強ですか、それとも物資の補充ですか」


「両方だ」と田代は言った。


「現状、比率は情報として確定していない。来月に再度、詳細が来る予定だ」


「わかりました」


田代はユイを少し見た。


「他に何か気になることがあるか」


「北部の前線が厚くなると、こちらに向かう圧力が上がる可能性があるのではないですか?」


「そうなる可能性はあるだろう」と田代は言った。


「そこについては、来月の詳細を待ってから判断する。今の段階で動く必要はない」


「わかりました」


「他に何か質問があるものはいるか。」


誰も手を挙げなかった。質問がないようだ。


「では解散とする」


田代が出ていった。石川がユイの隣に立っていた。


「今のは良い質問だったな」と石川は言った。


「当たり前のことを聞いただけですよ」


「まあ、そういうな。当たり前のことを、確認できるうちに声に出す。それができない者は多い」


ユイは少し考えた。できない、というより、やろうとしていなかった。ここ数ヶ月で少しずつ変わってきたことの一つだった。


夜になった。


 東京では、アラタが施設の食堂で夕食を取っていた。年末の施設は人が減っていた。休暇で帰省した者もいた。アラタは帰らなかった。


 父に「年末はどうする」と連絡したら、「そちらの都合に合わせる」と返ってきた。父は東京の別の施設で何かをしているようだった。顔を合わせていなかった。


加藤が同じテーブルにいた。


「正月どうするんですか」と聞いた。


「俺はここにいる」と加藤は答えた。


「家族は」


「今はもういない」


それ以上の話にならなかった。二人でしばらく黙って食べた。施設の食堂は静かだった。外の気温が窓ガラスの端に結露を作っていた。


「来年、ECS-Ⅱのテストがあります」とアラタは言った。


「ああ、聞いている」


「自分的に楽しみではあるのですが、楽しみにしていいのかわからなくて」


加藤は少し考えた。


「楽しみにすることと、期待しすぎることは別だ。テストはテストだ。うまくいくかどうかは動いてみないとわからない」


「そうですね」


「ただ」と加藤は続けた。


「お前の空中対応の課題は本物だ。解決手段が増えることは悪くない」


「加藤さんは、ECS-Ⅱを動かすところや動いているところを見てみたいですか」


加藤はアラタを見た。少し間があった。


「見たいとか見たくないとかは関係ない。新しいデータが取れる。それで十分だ」


「それはつまり見たいのではないですか?」


「イエスとも取れるそういう聞き方をするな」と加藤は言ったが、声のトーンは変わらなかった。否定でも肯定でもなかった。


食事が終わった。施設の廊下を歩いた。外の気温が下がっていた。窓ガラスが結露していた。


今年が終わる。


G2が終わる。


 G1の秋から数えて一年以上が経った。変わったことと、変わらないことがあった。ユイはまだどこかにいる。神のエネルギーは上がり続けている。顕現まで一年を切るかもしれない。


来年は違う場面になる。そのことだけはわかっていた。


部屋に戻った。窓の外に東京の夜景が見えた。街灯が灯っていた。人は減っていたが、光は残っていた。


群馬ではユイが今夜どこかで寝袋にでも入っているだろうかと思った。


同じ年の終わりを、それぞれの場所で迎えていた。


そしてG2が終わった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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