第37話 茎
同じ頃、群馬の山中の前線基地で、ユイは朝の準備をしていた。
長袖の服を着た。首元にスカーフを巻いた。毎朝の手順だった。腕の模様を確認した。
最初に気づいたのはG2の二月だった。長野の施設で、翼が四枚になった少し後から、右腕の内側に薄い線が現れ始めた。茎のような形をしていた。細く、薄く、最初は見間違いかと思った。
今も右腕の内側に、薄い線が走っていた。肘の手前まで。G2の二月に覚醒した時から出ていたものと、ほぼ変わっていなかった。少し濃くなった気がする程度だった。首の付け根にも、同じように薄く線があった。
触っても感覚はなかった。痛みもなかった。ただそこにあった。
桐島は「できれば隠しておけ」と言った。理由は説明しなかった。ユイも聞かなかった。隠すことには慣れていた。施設にいた頃から、訓練中に袖をまくる時も、素早く確認してすぐ戻した。
田代たちには見せていなかった。石川も見ていない。
模様のことを考えると、少し不思議な気持ちになった。怖いとは思わなかった。ただ、自分の体が変わっていることの事実として、そこにあった。神様の力を借りて戦うということは、こういうことなのかもしれないと思っていた。
颯太に会うために変わっていく。それでいい。
その朝、田代に呼ばれた。
「今日は偵察任務だ」と田代は言った。
「単独で行けるか」
「はい」
「稜線の東側。テクノフォースの部隊の動きを確認して戻る。交戦はするな。見て帰れ」
「わかりました」
単独任務は初めてだった。
稜線に向かって山道を歩いた。翼は出していなかった。地上を歩く方が音が少なかった。草が足に触れた。朝露が靴を湿らせた。
稜線に出た。
眼下に谷が広がっていた。谷の向こうに別の尾根が見えた。その尾根の上をHUDなしの目で見た。動くものがあった。ECSスーツを着た人間が三人、尾根の上を移動していた。
遠かった。見つかっていなかった。百メートル以上ある。顔は見えなかった。確認した。情報として頭に収めた。
帰る前に、少しだけ止まった。
三人の中にアラタがいるかもしれないという考えが一瞬浮かんだ。
可能性はある。群馬南部はアラタの部隊の活動域だと思っていた。七月に会ったのだから、今も同じ地域にいてもおかしくない。
しかし遠すぎて確認できなかった。確認しようとも思わなかった。確認しても何も変わらない。それはわかっていた。
ただ、あの中にアラタがいるかもしれない、と思いながら見た。それだけだった。
稜線を降りた。基地に戻って田代に報告した。
「東の尾根に三人。移動中。偵察か補給路確認の可能性があります」
田代は地図に記録した。
「よくやった。今日はこれで終わりだ」
「わかりました」
夕方、建物の外で一人になった。
腕に触れた。長袖越しに、茎の線の位置を指でなぞった。
颯太。
声に出さなかった。心の中で呼んだ。
神様、必ず会わせてください。
その祈りだけが、今の自分を動かしていた。空が暗くなっていった。秋の夜の最初の星が出た。
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