第32話 消耗記録
帰還後、アラタは医務室に行った。
右足の損傷を確認してもらった。アーマーに亀裂があった。皮膚には擦り傷があった。骨には異常なかった。
「三日は走り込みを避けてください」と医師が言った。
「それ以外は問題ありません」
「わかった」
整備室に寄ってアーマーの修理を頼んだ。整備士が右足のアーマーを外しながら言った。
「今月三回目ですね、修理」
「そうか」
「そうですよ。先月は二回でした。増えてます」
アラタは少し考えた。
「気をつける」
「気をつけてくれると助かります。部品の在庫も無限じゃないんで」
整備士は笑いながら言った。嫌みではなかった。事実だった。アラタも短く頷いた。
自室に戻った。椅子に座った。
今日の戦闘を頭の中で再生した。
屋上の一体目は問題なかった。二体目の対処で右足を掠められた。あの槍の二本目、回避のタイミングが一手遅かった。最初の一本を意識しすぎて、二本目への準備ができていなかった。
連続攻撃への対処。それが今日の課題だった。
工場内の天井に逃げた一体への対応は良かった。上への逃げを想定してドローンを天井方向に向けた判断は正しかった。先月まではあの動きに後手を踏んでいた。改善されていた。
端末を開いた。
Project DSの観測データが更新されていた。今月の数値を確認した。
神のエネルギー値、先月比で二十三パーセント上昇。七月から上昇率が加速している。
顕現まで、推定十六ヶ月。先月より二ヶ月縮まっていた。
戦闘の激化が直接影響していた。双方の戦士が前線に出るたびに、死傷者が出るたびに、その感情が全て神に吸われていく。怒りも悲しみも恐怖も。全部が神のエネルギーになる。
数字を見ながら、アラタはそれを感情なしに受け取ろうとした。
できなかった。
今日の戦闘で倒した戦士の顔を思い出した。工場の外壁に叩きつけられて落ちた一体。意識を失っていた。若かった。二十代前半に見えた。
戦闘不能にした。殺していない。それは変わらなかった。しかしあの状態で神徒連盟に回収してもらえるかどうか、アラタには確認できなかった。
わからないことはわからないままにしておく。それが今のやり方だった。考え続けても答えは出ない。
端末を閉じた。
廊下に出て、加藤を探した。食堂にいた。一人で飯を食っていた。向かいに座った。
「今日の右足への対処が遅れた」とアラタは言った。
加藤は飯を食いながら聞いていた。
「連続投擲への反応が一手遅れる傾向がある。どう改善するか考えている」
「HUDの弾道予測を使ってるか」加藤が言った。
「使っている」
「タイミングが問題か、動き方が問題か」
「タイミングだと思っている。一本目への反応が速すぎて、二本目の構えに気づくのが遅れる」
加藤は少し考えた。
「一本目を完全に回避しようとするから遅れる。シールドで受けることも選択肢に入れれば、二本目に意識を残せる」
アラタはその言葉を聞いた。
「一本目はシールドで受けて、二本目を回避する」
「状況による。でも選択肢として持っておく価値はある」
「わかった」
加藤は飯を食い続けた。それ以上は言わなかった。アラタも立ち上がった。
夜、訓練室で一人で動いた。医師に走り込みを止めるよう言われていたが、シールドの反応訓練は走り込みではなかった。仮想の弾道を設定して、一本目をシールドで受ける練習をした。
一時間続けた。
感覚をつかむまでには時間がかかりそうだった。しかし方向性はわかった。
訓練室の電気を消して、廊下に出た。施設は静かだった。消灯時間を過ぎていた。
八月の夜だった。
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