第30話 八月
G2の八月になった。
戦争が始まってから、一年が経った。
アラタは夜、施設の食堂で一人で飯を食っていた。夜遅い時間だったので、他に人がいなかった。消灯時間が近かった。外は暗かった。
一年前の八月を考えた。
一年前の今頃、颯太が死んでいた。ユイの家族が死んでいた。ユイが神を信じると言って、去っていった。あの夜、避難施設の窓の外を見ながら、どうすることもできなかった。
今年の八月、自分は十六歳になった。五月に誕生日が来た。特に何もなかった。訓練日と任務日の繰り返しの中に、誕生日があって、過ぎていった。
去年より戦えるようになっていた。それは確かだった。HUDの使い方、ドローンの割り振り、障壁の削り方。全部、去年より速く、正確になっていた。
しかし戦えるようになるほど、戦場で見るものも増えた。
倒れた戦士の顔を何度も見た。神徒連盟の戦士たちはほとんどが若かった。二十代が多かった。中には十代に見える者もいた。みんな何かを失って、神を信じて、翼を持って、戦場に出てきている。そして倒れる。
自分が倒すたびに、その事実が重さを持った。
初陣の時は気づかなかった。いや、気づかないようにしていた。でも今はもう、目を背けることができなかった。
それは弱さではない、とアラタは思っていた。ライカが言った通り、感情があるから動ける。感情を消すのではなく、抱えたまま動く。それが今の自分のやり方だった。
箸を置いた。食い終わった皿を見た。
廊下から音がした。ライカが通りかかった。食堂を覗いた。
「遅い時間だな」とライカが言った。
「眠れなくて」
ライカは入ってきた。向かいの椅子に座った。コップを取って水を入れた。飲んだ。
しばらく二人とも黙っていた。
「一年経ったな」とライカが言った。
「そうですね」
「変わったか」
アラタは少し考えた。
「戦えるようになりました。それ以外は、よくわかりません」
「それ以外は変わらなくていい」
「変わらなくていい?」
「中心が変わると、動けなくなる」ライカはコップを置いた。
「何のために動いているかが変わらなければ、技術が上がるほど動きやすくなる。逆に目的がぶれると、技術があっても止まる」
アラタは少し間を置いた。
「ライカさんは何のために動いてるんですか」
ライカは少し黙った。
「言ったと思うが。生きている人間が、できるだけ多く残ること」
「それは変わっていないんですか。最初から」
「変わっていない」
「なぜ変わらないでいられるんですか」
ライカはアラタを見た。少し考えてから言った。
「変えようとしたことがないからかもしれない。最初からそれしかなかった。だから変えるものがなかった」
アラタは頷いた。答えとしては短かったが、ライカはいつもそうだった。短くて正確だった。
「群馬で会った幼馴染のことを考えているか」
「時々」とアラタは正直に答えた。
「時々でいい。四六時中考えるな。ただ、存在を消すな。存在を消すと、向き合うべき時に動けなくなる」
「存在を消さないで、時々考える」
「それだけでいい」
ライカは立ち上がった。
「早く眠れ。明後日、また任務がある」
「わかりました」
ライカは食堂を出た。
アラタは少しの間、食堂に残った。
存在を消さない。それはできていた。ユイのことを忘れようとしたことはなかった。ただ、考えすぎないようにはしていた。その加減が合っているのかどうかはわからなかった。今のライカの言葉で、今の加減が悪くないとわかった。
窓の外、夏の夜の東京は暗かった。
星が出ていた。
一年前も、こうして夜を過ごした。戦争が始まって、ユイがいなくなって、何もわからなかった夜だった。今は何かがわかっている。何のために動いているかはわかっている。向かう場所もわかっている。
ただ、まだ遠かった。
顕現まで、推定十八ヶ月。
長かった。長くても、進む方向は変わらなかった。
アラタは立ち上がって、食堂の電気を消した。廊下に出た。自室に向かった。
今夜は眠れる気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
感想や評価をいただけると励みになります。
ブックマークもしていただけると幸いです。
今後も更新していきたいと思います。




