第28話 七月の終わり
任務の翌日、アラタは整備士に左側面のアーマーを診てもらった。内部の繊維が複数断裂していた。表面的な損傷より深かった。整備士が言った。
「今日中に修理できますが、明後日まで激しい動きは避けた方がいいです」
「わかった」
「一回だけ言いますよ。もう少し丁寧に使ってください」
「すまない」
整備士は小さく笑って作業に戻った。
修理を待つ間、アラタはProject DSの定例会に出た。月一回の観測データの共有だった。今月は黒崎の他に、開発チームから三人が来ていた。
黒崎が言った。
「今月の観測値。神のエネルギーが先月比で二十一パーセント上昇している」
作戦部隊の一人が聞いた。
「上昇が続いているな」
「七月に入ってから加速している。戦況が激化している影響だ。双方の戦士が前線に出る頻度が増えているため、戦闘と死による感情エネルギーの放出が多い」
「顕現までの推定は変わったか」とアラタは聞いた。
「早まっている可能性がある。以前の推計は二年程度だったが、現在のペースが続けば十八ヶ月から二十ヶ月程度に縮まるかもしれない。ただし変数が多い。確度は低い」
十八ヶ月。一年半。
数字として聞いた。焦りは持たないようにしていた。しかし体の中に、何かが積み上がった感覚はあった。一年半後、自分は十七歳になっている。ユイも十七歳になっている。
一年半後に何かが起きる。
「訓練の進捗はどうか」と黒崎が部隊全員に聞いた。
各自が報告した。アラタの番になった。
「実戦での精度が上がっています。障壁の回数管理と、ドローンの目標割り振りの判断速度が改善されています。ただし上方への対処に課題があります。今日の任務で確認しました」
「上方への対処」
「空中戦に慣れすぎて、真上からの急降下に反応が遅れました。HUDの警告が出てから行動するのでは遅い。視野の立体的な管理が必要です」
黒崎は短く頷いた。
「自己評価が正確に出来ているな。次の訓練で重点的にやれ」
「了解しました」
会が終わった後、廊下でライカに会った。ライカは今日の会には呼ばれていなかった。ただ通りかかった様子だった。
「昨日の上方への対処、自分で気づいたか」とライカが言った。
「気づきました」
「同じ失敗を二回するな」
「しません」
ライカは頷いた。それだけだった。アラタは自室に戻った。机の上に端末があった。ユイへのメッセージ画面は、先月会ってから一度も開いていなかった。開いても何も送れないからだった。
ただ今日は、少しだけ考えた。十八ヶ月後に何かが起きるなら、その時ユイは何をしているだろうか。
神を信じて、翼を持って、前線に出ている。それは変わらないだろう。翼の成長の速度からすれば、顕現前後でさらに変わっているかもしれない。
それでもユイはユイだ。
群馬の夕暮れの空に消えていった白い翼を思い出した。微妙な顔をして「うん」と言った声を思い出した。
アラタは端末を伏せた。
今考えることではない。今日の課題は今日片付けた。明日の訓練に集中する。それだけだった。
夏の夜が静かだった。窓の外に、熱気が残っていた。
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