第24話 感情
三日間、アラタは一人で訓練室に入った。
夜の時間帯だった。施設は静かだった。訓練室に電気をつけて、一人でスーツを着た。ドローンを展開して、動く標的を設定した。それだけだった。誰にも言わなかった。何かを考えていたわけでもなかった。ただ動きたかった。
撃った。動いた。また撃った。
一時間ほど続けていると、ドアが開いた。
ライカだった。私服だった。訓練が終わった後の格好だった。ライカは室内を見て、アラタを見た。何も言わずに、壁際の椅子に座った。
アラタは訓練を続けた。ライカは何も言わなかった。
アラタも何も言わなかった。
三十分が経って、アラタが標的を止めた。ヘルメットを外した。汗が顔を伝った。
「あの戦闘の夜から、お前は一人でここに来ているな
」とライカが言った。
「三日連続だ」
「そうですか」
「知り合いがいたのか」
「どうしてそう思うんですか?」
「感だ」アラタは少し間を置いて答えた。
「顔を知っている相手でした」
「友人か」
「幼馴染です」
ライカは少し黙った。
「戦場で会うことは、覚悟していたか」
「していました」
「でも実際に会ったら違ったと」
「……そうです」
ライカはアラタを見た。責める顔ではなかった。状況を確認している顔だった。
「報告しなかったのはなぜだ」
「個人的な感情で報告を省いたのは間違いでした」
アラタは答えた。
「今後はそうしません」
「そうじゃない」とライカは言った。
「なぜ報告できなかったのか、聞いている」
アラタは少し考えた。
「言葉にすると、現実になる気がした」
しばらく沈黙があった。
「そういうことはある」とライカが言った。特に批判はなかった。ただ事実として言った。
「現実はもうそこにある。言葉にしなくても、向き合わなくても、ある。それは変わらない」
「わかっています」
「お前が悩んでいるのは」ライカはゆっくり言った。
「戦えるかどうかじゃないだろう。戦うべきかどうかだろう」
アラタは答えなかった。
正確だった。
「私には答えてやれない」とライカは言った。
「それはお前が出す答えだ。ただ、一つだけ言う。感情を消せとは言わない。感情があるから動ける。ただし感情に飲まれるな。飲まれた時、人は間違える」
アラタは頷いた。
「ただ、一つだけ注意だ。任務中に無線を切るな。それだけ守れば、あとは自分で決めろ」
ライカは立ち上がった。ドアに向かいかけて、止まった。
「お前の幼馴染は、なぜ信仰側に行ったんだ」
「家族を失ったからです。神が返してくれると信じて」
「そうか」ライカはドアを開けた。
「生きていたら、いつかまた会う。その時のために、今は生き残れ」
ドアが閉まった。
アラタは一人残った。
訓練室の照明が白く天井を照らしていた。標的は止まったままだった。アームキャノンを解除した。椅子に座った。
戦うべきかどうか、ではない。
戦う。それは決まっている。自分はこちら側に立っている。ユイはあちら側に立っている。二人の向かう先が違う。それは今日の戦闘で現実になった。
ただ、今日できなかったことを、次はできるようにしなければならない。
次に会った時、引き金を引けるか。
わからなかった。わからなかったが、そのことを保留にしたくなかった。保留にしたまま次の戦闘に出たら、また止まる。止まった瞬間に誰かが死ぬかもしれない。
どうすれば引けるのか。考えた。しばらく考えた。
答えは出なかった。
ただ、一つだけわかったことがあった。引き金が引けないのは、ユイを失いたくないからだ。それだけだった。戦略とか立場とか理屈とかではなく、ただそれだけだった。それが感情だということも、わかっていた。
感情があるから動ける。感情に飲まれるな。
ライカの言葉が頭に残った。
アラタは立ち上がった。スーツを棚に戻した。電気を消した。部屋を出た。
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