第23話 保留にしないこと
その夜は帰還後すぐに報告があった。
任務の結果だけを話した。神徒連盟の戦士八体と交戦、五体を制圧、三体は退避。こちらの損害は軽傷一名。目的の稜線確保は達成した。
それだけを話した。
ユイのことは話さなかった。
言うべきかどうか、少し考えた。神徒連盟の中に知人がいることは、戦闘上のリスクになる。それは報告すべき情報だ。
しかし話さなかった。今日の戦闘に直接影響はなかった。それが理由として正しいかどうかはわからなかった。ただ、今夜は話せなかった。
報告室を出た後、廊下でライカが待っていた。
「無線を切ったな」
「切れていました」とアラタは言った。
ライカはアラタを見た。嘘だと気づいているような目だった。しかし何も言わなかった。
「次はするな」とだけ言った。
「わかりました」
ライカは廊下を歩き去った。
アラタは自室に戻った。
椅子に座った。HUDを外した。外気に触れた顔が、施設の冷えた空気を感じた。スーツを着ていると自分の体と世界の間に膜があるような感覚があって、外した時にはじめて現実に戻る気がする。
ユイと目が合った時のことを、考えた。
考えないようにしようとして、考えた。
翼を持っていた。四枚の白い翼。あれだけの光量を出せるということは、祈りの出力が高い。資料の記述通りだった。習熟速度が異様に速い、という文字を思い出した。あの動きを見ればそう言われるとわかった。
翼の使い方が他の戦士と違っていた。四枚を独立して動かしていた。それは本能的に習得するものではない。相当な量の訓練を積んでいる。
どれだけ祈ったんだろうか。
颯太を返してもらうために。家族を返してもらうために。毎日、どんな気持ちで祈っていたのか。
アラタにはわからなかった。自分には届かない領域のことだった。理解しようとするより、その事実の重さを認めることしかできなかった。
しかし死んだ人間は戻らない。
神がそれを望んでも、できないことがある。アラタにはその確信があった。父が言っていた。母が死んだ時、神がいれば助かったかもしれないと思った時期があったと。でも違った。神がいても、死者は戻らない。それがわかった時、技術の側に立つことを誓った。
ユイは知らない。
知らないまま戦っている。神を信じて、祈り続けて、翼を持って、前線に立っている。そのエネルギーがそのまま神の力になっている。信仰が強くなるほど、神が強くなる。ユイが信じれば信じるほど、顕現が近くなる。しかし、強く祈って神が顕現したとしても死者は生き返らない。
その矛盾に、ユイは気づいていない。
アラタはそれを知っていた。知っていて、今日も言わなかった。言えなかったのか、言うべきタイミングではなかったのか、どちらかはわからなかった。
窓の外は暗かった。東京の夜だった。
戦場が群馬だったので、帰還した今は東京にいる。北に群馬がある。さらに北西に長野がある。ユイが訓練していた場所。今日のユイはどこに戻ったのか。
次に会ったら、戦う。
それを両方でわかっていた。確認するように言った。わかってる、とアラタは答えた。
しかしわかっているということと、できるということは別だ。
アラタはそのことを、今日初めて実感していた。戦場でユイを前にした時、アームキャノンを向けることはできた。しかし引き金を引くことは、今日はできなかった。ライカの増援要請が入らなければ、どうなっていたかわからなかった。
それは問題だった。
感情で止まるな。ライカが言っていた言葉だった。止まったら死ぬ。自分が死ぬだけじゃない。隣の人間も死ぬ。
アラタは目を閉じた。
考えても今夜は答えが出ない。出ないとわかっているものを考え続けても意味がない。眠れ。明日また動く。それだけだ。
目を閉じたが、しばらく眠れなかった。
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