第22話 三メートル
戦士は落下するように降下してきた。
翼を折って、ほぼ垂直に。速度が上がる。四枚の翼が体の後ろで束になっている。矢のような形だった。
アラタはシールドを張った。
着地の衝撃がアラタのシールドを直撃した。光の短剣がシールドを弾いた。衝撃が腕に走った。吹き飛ばされた。
背中から地面に落ちた。スーツが衝撃を分散させた。ダメージはない。しかし距離が詰まった。
立ち上がろうとした瞬間、戦士が再び動いた。今度は水平に。地面すれすれを滑るように。アラタの横に回り込もうとしている。
アラタはブレードアームを展開した。来る。
短剣がブレードアームに弾かれた。金属音が鳴った。火花が散った。至近距離で鍔迫り合いになった。
戦士の顔が、目の前にあった。
ヘルメットをつけていなかった。神徒連盟の戦士は翼があれば頭部を守る必要性を軽視する傾向がある。翼の光が顔に反射していた。
黒い髪。
アラタは息を止めた。
一秒もない時間だった。戦士が距離を取った。アラタも後退した。二人の間に三メートルの空白ができた。
戦士が一度、翼を広げた。四枚の翼が夕日を受けた。
顔が見えた。
アラタは何も言えなかった。
戦士も動かなかった。
二人の間に、夏の風が吹いた。遠くで他の戦闘の音がした。光の爆発音。金属の鳴る音。
それが全部遠かった。
戦士がアラタを見ていた。アラタも戦士を見ていた。
「……アラタ?」
声だった。
アラタは答えられなかった。
声を聞いたのは、G1の夏以来だった。避難施設で窓際に座っていた時以来だった。あの時と同じ声だった。少し硬くなっていたが、同じだった。
「……ユイ」
言葉にした瞬間、全部が現実になった。
白い翼を持つ神徒連盟の戦士が、幼馴染だった。わかっていた。わかりたくなかった。資料の記述が頭を過った。小柄な体格。白い翼四枚。十代後半。それがユイだとわかっていて、認めなかった自分がいた。
ユイが光の短剣を下ろしていた。
顔が複雑だった。驚き。それから何か別のものが混ざった。喜びなのか、悲しみなのか、アラタには分類できなかった。
「生きてたんだ」とユイが言った。声が少し揺れていた。
アラタはアームキャノンを構えたままだった。下ろすべきかどうかを、一瞬考えた。考えたまま、結論が出なかった。
「お前が翼を持ってるとは聞いてた」とアラタは言った。
「そう」
「いつから前線に出てるんだ?」
「三月から」ユイは短く答えた。
「アラタは最初からここにいたの?」
「G1の秋から」
短い沈黙があった。
周囲の戦闘が続いていた。無線にライカの声が入った。
「天城、応答しろ」
アラタは無線を切った。
ユイはそれを見ていた。切ったことに、何も言わなかった。
二人の間の距離は三メートルのままだった。アラタのアームキャノンはまだユイに向いていた。ユイの短剣はまだ下がったままだった。
「来ると思ってた」とユイが言った。
「戦場で会うかもしれないって。なんとなく、そういう気がしてた」
「俺もそう思っていた」
「でも」ユイはアラタを見た。
「こんなに早くに会えるとは思わなかった」
アラタは何も言わなかった。
ユイの顔が変わっていた。痩せていた。目の下に疲れがあった。一年前と比べて、少しだけ遠いものを持っている目をしていた。しかし声は続いていた。それがアラタには、ユイがまだユイであることの証拠のように思えた。
「神様が」とユイは言った。
「家族を蘇らせてくれるの。私はそのために戦ってる」
「……ああ」
「でも、アラタはそれを否定する側にいる」
「否定というか」アラタは少し間を置いた。
「神を消す側にいる」
ユイの表情が固まった。
「え...?消す...?」
「そのための装置がある。」
ユイは翼をわずかに広げた。無意識に出た防御の動作に見えた。
「それは...」とユイが言いかけた。
その時、無線が割り込んだ。
「天城」ライカの声が鋭くなっていた。
「今すぐ応答しろ。東側に増援、六体。退避が必要だ」
アラタはユイを見た。ユイもアラタを見ていた。
「行って」とユイが言った。
「お前は」
「私も行く。私の部隊がある」
二人の間の距離は、まだ三メートルだった。アラタはアームキャノンを下ろした。ユイは短剣を収めた。
「次に会ったら」とユイが言いかけた。
言いかけて、止まった。続きが出てこない様子だった。
「わかっている」とアラタは言った。
「戦う」
ユイは少し、微妙な顔をした。泣きそうなのか笑いそうなのか、アラタには読めなかった。
「……うん」とユイは言った。
翼を広げた。空に上がった。夕暮れの空に、白い翼が消えた。
アラタは無線を入れた。
「ライカ、今から戻る」
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