第18話 並行する日々
G2の二月、アラタはProject DS専用の訓練プログラムに入った。
通常の前線任務と並行する形だった。週のうち三日は従来の部隊訓練と待機任務。残りの二日はProject DS専用施設での訓練だった。スケジュールが埋まった。余白がなくなった。それはある意味で都合がよかった。考える時間がなくなる。考えない方がいい時もある。
専用施設は本部の地下にあった。エレベーターで降りると空気が変わった。地上より温度が低く、乾いていた。広い空間だった。天井が高く、廃墟を模した構造物が組まれていた。倒壊した壁を模した障害物、起伏のある地面、複数の出入り口。実際の作戦を想定した地形だった。初めて見た時、よくできていると思った。
まだ正確に決定はされていないが、現時点での作戦部隊は六人だった。アラタの他に五人の兵士がいた。全員が各前線から選抜されて来ていた。初日の顔合わせは短かった。お互いの名前と所属だけ確認した。
それぞれ名前は
坂本(男、28歳)、三浦(女、24歳)、藤堂(男、31歳)、早川(女、26歳)、桐生(男、22歳)と言った。
誰も余計なことを話さなかった。互いの背景を聞く者もいなかった。任務の話だけをした。アラタはそれが合っていると思った。余計なことを知らない方が動きやすい場合もある。
訓練の内容は主に二つだった。
一つは、神が顕現した想定での周囲制圧訓練だった。顕現した神の代わりに大型の模擬標的を中心に置いて、六人がどう配置するかを繰り返した。神徒連盟の戦士が来た場合の対処。エネルギーシールドの展開位置。撤退ルートの確保。一度やって、データを取って、改善して、また繰り返す。毎回、少しずつ動きが変わった。
もう一つは、Deicide System本体の操作補助訓練だった。装置本体はまだ完成していなかったが、起動手順と設置の流れは今のうちに体に入れておく必要があった。設置に要する時間、電源の接続方法、起動シーケンスの確認手順。これを何度も繰り返した。繰り返すたびに時間が短縮された。三十分かかっていたものが、十七分になった。
黒崎が直接訓練を見ていることがあった。何かを言うわけではなかった。端末を持って、データを見ていた。時々、訓練後に短いフィードバックがあった。
「設置が三秒遅い」
「シールド展開のタイミングが早すぎる」
そういう内容だった。感情のない指摘だった。しかし正確だった。アラタは毎回それを修正した。
ある日、訓練後に黒崎がアラタに声をかけた。
「動きに無駄がないな。どこで身につけた」
「前線でです」とアラタは答えた。
「ECS適性だけじゃない。状況判断も速い。視野が広く、感情で止まらない。それは訓練だけでは身につかない。経験だ」
「慣れです」
「そうかもしれない」
黒崎は少し間を置いた。
「慣れるまでに、何人見た」
アラタは黒崎を見た。
「複数います」
黒崎は頷いた。それ以上は聞かなかった。端末を見ていた。それから、端末を持ったまま言った。
「お前は感情で止まらない。それは得難い」
アラタは何も言わなかった。
「お前に話す必要はない話だ。ただ、このプロジェクトに私情が入っていることは承知の上でやっている。そのことは知っておいてほしかった」
「わかりました」
黒崎は頷いて、端末に目を戻した。それで終わりだった。感情的な続きはなかった。黒崎は話すべきことを話して、また仕事に戻った。アラタはその切り替えを見て、この人間の強さの形がわかった気がした。
二月の半ば、ライカに呼ばれた。
従来の部隊の作戦室だった。ライカは地図を見ていた。アラタが入ると振り返らずに言った。「Project DSに入ったのか」
「はい」
「情報が漏れるな」ライカは地図から顔を上げた。
「余計なことは聞かない。ただ、こっちの任務もこなせるかどうか確認したかった」
「こなします」
「無理はするな。本番が来た時に消耗していたら意味がない。今の段階で消耗するのは損だ」
ライカはそれだけ言って、また地図に目を戻した。命令でもなく、忠告でもなく、ただ事実を述べているような言い方だった。
アラタは少し考えてから聞いた。
「ライカさんは、この戦争が終わると思いますか」
ライカは地図を見たまま答えた。
「終わらない戦争はない」
「でも、いつ終わるかはわからない」
「そうだ。だから焦っても意味がない」
ライカは顔を上げた。
「終わらせるために動く。それだけだ。いつ終わるかじゃなく、どう終わらせるかを考える」
「ライカさんにとって、どう終わらせるのが正しいと思いますか」
ライカは少し間を置いた。珍しく、少し考える間があった。
「生きている人間が、できるだけ多く残ること。それ以外に正しいことはない」
短い言葉だった。しかしアラタには重かった。
「生きている人間」
死んだ人間はどうなるのか。篠田は。もう一人の仲間は。答えはなかった。ただ、生き残ることが前提としてある。そこからしか先には進めない。
アラタは頷いた。ライカはまた地図に目を戻した。
「ライカさんは、怖くないんですか」とアラタは聞いた。自分でも、少し唐突だと思った。
ライカは地図を見たまま少し間を置いた。
「怖いとか怖くないとかは関係ない。やるべきことがある。やる。それだけだ」
「やるべきことがある、という確信はどこから来るんですか」
ライカはそこで地図から顔を上げた。アラタを見た。
「なぜそれを聞く」
「自分も同じだと思っていました。やるべきことがある。だから動く。でも最近、その確信の根拠が何なのかを考えることがあります」
ライカはしばらくアラタを見ていた。それから言った。
「根拠なんてない。確信は、根拠じゃなくて経験から来る。動き続けた先に答えがある。それだけだ」
アラタはその言葉を聞いた。答えになっているようで、答えていないような言葉だった。しかしライカはそれ以上言わなかった。アラタも、それ以上聞かなかった。
その夜、アラタは自室でProject DSの資料を読み返した。
Deicide Systemの仕組み。神のエネルギー構造。顕現の条件。三段階の作動プロセス。何度読んでも同じ内容だったが、読み返すたびに理解の深さが変わった気がした。
読みながら、一つのことを考えた。神が完全顕現する条件は、信仰エネルギーが顕現閾値を超えることだ。戦争が長引くほど感情が激化して、神のエネルギーが増す。戦争を続けることで顕現が早まってしまう。しかし戦争を自分たちでやめることはできない。矛盾した状況だった。しかし矛盾していても、今できることをやるしかなかった。矛盾が解消されるのを待っていたら、何もできない。
アラタは資料を閉じた。
窓の外は暗かった。東京の夜は灯りが少なくなっていた。戦争が始まってから、節電が続いていた。夜の街が暗いのに慣れてきた自分がいた。慣れてしまうことが正しいのかどうか、考えてもわからなかった。
黒崎の言葉が頭に残っていた。
「感情で止まらない。それは得難い」
褒め言葉だとは思わなかった。ただの観察だった。しかしその言葉は、黒崎がどういう目でこのプロジェクトを動かしているかを示していた。感情を持ちながら、感情で止まらない。それがあの人の強さの形だった。
自分の原動力は何か。篠田が死んだことか。父の言葉か。それとも、まだ言葉にできていない何かか。
アラタは目を閉じた。答えを出そうとはしなかった。今は答えを出す段階ではないと思った。動いていれば、いつかわかる。それがライカの言っていた
「動き続けた先に答えがある」
ということかもしれなかった。
布団に入った。目を閉じた。眠れた。
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