第6話 初陣
G1の十月、訓練開始から一ヶ月が経った頃にアラタは初の実戦出撃を命じられた。
任務内容はシンプルなものだった。神徒連盟が埼玉県北部の変電施設を攻撃するという情報が入ってきた。テクノフォースの電力インフラを狙った妨害工作だ。今回の作戦ではアラタを含む四人のECS部隊が防衛に当たる。
出発前教官が短く告げた。
「初めての実戦だ。焦ることはない。訓練でやったことを思いっきり出してこい。余計なことは要らない」
「はい。がんばります」
隊の編成は四人。隊長は二十八歳の女性兵士でコールサインはライカといった。本名は秘密ということだ。コールサインは個人や部隊を特定されないための隠語や愛称に近しい。
だが普通、コールサインが個人につけられることはあまりないことだ。一般的に部隊そのものに名付けることが多い。
個人に付けるとしたらニックネームの方が普通だろう。だが、ライカはコールサインだ。個人に付く場合は軍であればエリートか特殊部隊の一員が多い。
残り二人はアラタより少し前から実戦に出ている兵士だった。一人は二十二歳の男、もう一人は十九歳の女だった。
移動の輸送車の中で、ライカが口を開いた。
「初陣の人間に言っておく。相手は所詮人間だ。翼が生えていたとしても、光の武器を持っていたとしても人間だ。それを忘れるなよ」
「はい」
「もう一つ。感傷は後で済ませろ。戦闘中に感傷を持ち込むと死ぬ。死なれると私の書類が増える」
ライカが放つオーラは冷酷なものであったがとても頼もしい。敵でないことが幸いであると思えるほどに。
「最後に一番重要なことを伝えておく。神徒連盟の戦士の最大の特徴として、『神の障壁』がある」とライカが続けた。
「神の障壁と呼ばれるそれは、即死攻撃を四回まで自動で防ぐ。狙撃で頭を一発で当てても殺すことはできない。四枚分割ることで初めてあらゆる攻撃が通るようになる。障壁を割るにはなにも、即死攻撃を四回する必要はない。ダメージを蓄積させることでも割れる。覚えとけ」
「了解です」
やはりライカは恐ろしい人だと思った。それにしても神の障壁。同じ人間だとライカは言うが、人が即死するもので死なないというのはどこか思うところがある。神はなぜそのような仕様にしたのか。
「割った後が本番だ。四回分削った後が戦士本体を仕留めるチャンスだ。そこを逃がすな」
「はい」
「天城。お前十五だったな」
少し頭がいっぱいいっぱいになっているというのに、名指しされるのは心臓に悪い。
「親父さんは知ってる。だが、お前を親父さんの息子だからということで贔屓はしない。報告は父の名前関係なく上げる。戦場におけるお前個人の動きで評価されることを心しておけ。以上だ」
ライカは前を見た。それ以上は何も言わなかった。
車内の他の二人は黙っていた。一度実戦を経験した人間特有の静けさというものがある。アラタもそれに倣って黙って窓の外を見た。夜の高速道路。街の灯りが流れていく。
変電施設に到着したのは深夜だった。
広い敷地に変圧器と鉄塔が並んでいる。周囲はフェンスで囲われていたが上空は開けている。神徒連盟の戦士が空から来るならフェンスは意味をなさない。
四人が散開して配置についた。アラタは施設の東側、鉄塔の影に潜む。HUDに夜間視覚強化モードを起動した。暗闇が明るく見えた。
待つこと十分。二十分。
三十分が経った頃、HUDが反応した。上空に熱源複数。
「来るぞ」とライカが無線で告げた。
「三体。上空から降下してくる。各自、目標を確認しろ」
アラタはHUDで目標をロックした。三体の熱源が降下してくる。降下する際に大きく翼が広げ、白い光が夜空に浮いていた。
視線が引かれた。
訓練場の標的とは違う。本物の翼だ。本物の光だった。月のない夜の上空を白く輝く翼が降りてくる。光の縁が空気に滲み、空気そのものが光に染まっている。アラタは数秒、その光に意識を引かれた。
数秒だったが戦場では致命的な時間だ。
しかしその数秒の中でライカの言葉が頭の中で再生された。感傷を後に置け。戦闘中に自分を引き戻してくれた命令がその一文だった。アラタの中でその言葉が動きの引き金になった。
戦闘は短かったが密度はあった。
ライカが先頭で前に出る。一体目の戦士が降下しきる前にライカのブレードアームが空中で交差する形で振り上げられた。
相手も瞬時に気づき、光剣を空間から作り出したが光剣が払い落とされ、戦士の体勢が崩れる。体勢が崩れ、落下していく戦士の勢いをそのままライカが利用する。空中で落下する戦士めがけて地面に叩きつけるようにブレードアームを胴部に振り下ろした。
障壁が一枚、光って割れた。
戦士が体を起こす前に続けて二撃目を首を狙って入れる。障壁の二枚目が青い光を放って消えた。
三撃目、戦士はライカによって地面に押さえつけられている。三枚目も再度首を狙ったものだ。薄い光を引きながら剥がれるように消えた。
四撃目はアームキャノンを頭部に向けて近距離で放った。そして最後の障壁が割れた。直後、ライカはブレードアームの背を首筋に当てた。一体目が動かなくなる。気絶か、致命傷か、HUDの目視では判別できない。
ライカが処理した時間は五秒だった。あまりにも速すぎた。
その間アラタは右側面を担当していた。二体目が真上から急降下してくる。光剣を頭上に構え、垂直に落ちてくる軌道。HUDが赤の予測線を引いた。着弾点はアラタの胴。
来る。
アラタは引き金を引く前に動いていた。背部ブースターが短く起動し、右へ。一メートル。わずかな移動で、必殺の軌道を外した。直後、光剣が地面を抉る。アスファルトが裂けて熱で歪んだ。
アラタは空中で体を半回転させた。肩越しに二体目を視界に入れる。HUDの照準が合う。
ドローン四基が同時に展開される。アラタの周囲を扇状に広がる。AIに目標割り振りを指示。ドローン同士がレーザーを集中させる位置を自動計算し、予約線を引く。
最初の一発。戦士は回避しようとしたが遅い。アラタのアームキャノンの弾が戦士の胸に届く。障壁の一枚目が表面に細かい光の波紋を走らせて割れた。
戦士が動きを止める間もない。戦士は光弾を充填し始めた。アラタは岩陰まで後退し、身を隠し射線を切る。
二発目。
ドローンのレーザー二機分がすでに走っていた。狙いは心臓。二枚目の障壁が薄い青の膜となって戦士の体を一瞬覆いすぐに砕け散る。相手が体勢を崩した。
三発目。別のドローン二機が続く。狙いは同じ。三枚目が割れた。戦士の動きが鈍くなる。光弾が霧散していった。死を予感したのだろうか。
HUDの色情報で障壁の残存数が更新された。残り一。四発目。アラタは岩陰から出ながら狙いを澄ましてアームキャノンを撃った。
最後の障壁が白い光を発して消えた。
障壁消失。
アラタは間を置かなかった。高出力モードに切り替える。チャージ音。一秒未満。
一瞬躊躇った。
アームキャノンの高出力弾が二体目の左翼の付け根に直撃した。光が散る。翼の構造が崩れた。
推進力を失った戦士は空中での軌道を保てない。変電施設のフェンスに激突した。金網がたわむ。戦士の体を巻き込んで弧を描いた。
ライカの言葉を思い出し、やらなければいけないと思った。アラタは着地と同時にもう一発撃とうとした。
そこへエネルギー弾が戦士の胸を貫通する。光が消え、動かなくなる。
味方の二十二歳の男が左側で支援射撃に入っていた。彼の弾は二体目の頭部を狙ったようだったがそれは胸に届いた。彼は引き金を戻して三体目の方角に視線を移した。
三体目は既にライカに向かっていた。
光剣を両手で握り空中から斜めに突っ込んでくる。ライカは動かなかった。地面に立ったままエネルギーシールドを正面に展開した。シールドの表面に、薄い青の光膜が走る。光剣が当たった瞬間、火花が大きく散った。光剣の刃先がシールドの光膜に押し戻された。戦士の体が後ろに弾かれる。空中でバランスを崩した。
ライカがブースターで一気に距離を詰めた。ブレードアームを横に薙いだ。戦士の脇腹で障壁の一枚目が光って割れる。衝撃で斜め後ろ上空へ戦士が飛ばされる。
ライカがブースターで追撃する。相手が吹き飛ぶのを予想して一撃目で既に加速を始めていた。ブレードアームの戻りの一振りで二枚目の障壁が割れた。空中でバランスを崩している戦士は光の盾を出してはいるが、防御の体勢を取り直せない。
ライカは戦士の体を地面の方向に押し込みながら三撃目を入れた。三枚目の障壁が肩のあたりで音もなく剥がれた。
四撃目。続く一振りが下から上に振り上げられ、戦士の翼の根元を切断した。光が大きく散る。翼の片側を失った戦士はもう一方の翼で姿勢を保とうとしたが急速に高度を落とした。
地面に叩きつけられた。高さおよそ16m。最後の障壁が割れたがライカは追撃しなかった。立ち止まって戦士の意識が消えるのを確認した。
戦闘が終わったのは神徒連盟の戦士が降下開始してから二分十一秒後だった。
神徒連盟の戦士三体全員とも倒れていた。動かない。死んでいるのか気絶しているのかはHUDからは判別できない。ただ、二体目は死んでいるのが見てわかる。
一体目と三体目はライカが処理した。二十二歳の男は支援射撃を撃ったことで二体目の息の根を確実に仕留めたのだ。二体目は落下した時点でおそらく気絶していたのだろう。
十九歳の女は施設の北側を警戒していて今回は直接戦闘には加わらなかった。
「制圧完了」とライカが無線で報告した。
「撤収する」
四人は変電施設の敷地を出て輸送車に戻った。誰も話さなかった。しばらく経ってライカが前を向いたまま口を開いた。
「天城」
「いい射撃精度だった」
「ありがとうございます」
「初陣でその精度は珍しい。普通、人に向けてアームキャノンを撃つことに恐れ、最初は手が震えて狙いが散るか撃てない者が多いというのにな」
「俺はあの時、手が震えた感覚はありませんでした」
「自覚していないだけかもしれない。明日、HUDのログを確認しろ。手の細かいブレが残ってるだろう」
「了解です」
「それが消えるまでは本当の意味で慣れたとは言えない」
ライカは前を向いたままだった。アラタは「はい」とだけ返した。それで会話は終わった。
アラタは窓の外を見た。来た道と同じ高速道路を逆向きに走っている。街の灯りが流れていく方向だけが行きとは反対だった。けれど同じような景色に見えた。
翼の光がまだ脳裏に焼き付いている。美しいと思った瞬間の感覚もまだ残っていた。それを引き金で消した瞬間の感覚も残っていた。
夜、東京支部に戻って自室に帰った。
シャワーを浴びた。長い時間降り注ぐ熱いシャワーの下に立って、シャワーが肩を打つのをただ感じていた。何も考えれなかった。考えないことがたぶん今は必要だった。
部屋に戻って、端末を開いた。ユイにメッセージを打とうとして止めた。今夜は書くことはしない。うまく言葉に出来ない気がした。
端末を閉じた。ベッドに横になる。
今日、初めて人に向けて引き金を引いた。部隊で三体倒した。そのうちの一体は自分が倒したと言っていいだろう。仕留めたわけではないが。
二体はライカが処理した。死んでいるのか気絶しているのかは確認していない。報告書ではどちらかが書かれているはずだ。明日の朝、確認すればわかる。
わかったところで何かが変わるのか、とアラタは考えた。たぶん何も変わらない。倒した事実は変わらず、倒した時のあの感覚も変わらない。
俺は動かなきゃいけない、と自分に向けて呟いた。声には出さなかった。心の中でその一語を確認した。
目を閉じた。そこにはまだ翼の光が残っていた。
その日以降、アラタの居住地は東京本部内の敷地にある寮へと移動した。
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