第12話 翼
ユイに翼が生えたのは、施設に来てから十一日目の朝だった。
礼拝の途中だった。いつも通り目を閉じて祈っていた。家族を返してください。何度も繰り返していた。
その時、背中に何かが生まれた。
痛くはなかった。むしろ温かかった。背骨の両側から、光が押し出されてくるような感覚だった。
目を開けた。
隣の女性が目を見開いていた。
「生えてる」と小さく言った。
ユイは振り返ろうとした。見えなかった。でも感じることはできた。背中に、何かが広がっていた。光だった。温かい光だった。
桐島が前から歩いてきた。表情は変わらなかったが、目が少し違った。
「立て」と桐島が言った。
ユイは立った。
「外に出ろ」
施設の外、開けた広場に出た。
他の訓練生たちも続いてきた。みんなユイを見ていた。
「飛べ」と桐島が言った。
「飛び方がわかりません」
「翼を動かせ。感覚に任せろ。頭で考えるな」
ユイは目を閉じた。背中の翼を意識した。腕とは違う。足とも違う。でも確かに自分の体の一部だった。筋肉に似た何かがあった。動かそうとすれば、動く。
動かした。
体が浮いた。
思わず目を開けた。地面が遠ざかっていた。一メートル。二メートル。木の梢と同じ高さになった。
怖かった。
しかし同時に、泣きたくなるほど清々しかった。
空気が違った。地上とは違う風が吹いていた。山の向こうに、朝の光が見えた。遠くに街が見えた。
ユイは空に浮いたまま、東の方角を見た。
あの方向に東京がある。あの方向に、家族がいた場所がある。
翼を大きく広げた。
光の粒が散った。
その日の夕方、桐島がユイを呼んだ。
「十一日は早い」と桐島は言った。
「施設の記録では二番目に早い」
「そうですか」
「祈りの出力が高い。何が原動力だ」
ユイは少し考えた。「家族です」
「死んだ家族を取り戻すために祈っているのか」
「はい」
桐島は少し間を置いた。
「神の力には限界がある。何でもできるわけではない。それは知っておいた方がいい」
ユイは桐島を見た。「できないということですか」
「それは私にはわからない。神が完全顕現すれば、今より遥かに強い力を持つ。それまでは神がどれほどのことを実現可能か、誰にもわからない」
ユイはその言葉を聞いて、少し考えた。
できるかもしれない。できないかもしれない。でも信じなければ、何も起きない。信じなければ、家族を取り戻す可能性がゼロになる。
「信じます」とユイは言った。
「だから続けます」
桐島は頷いた。何も言わなかった。
夜、ユイは部屋で翼を出してみた。
部屋が狭いので、少しだけ広げた。白い光が部屋を照らした。
颯太はこれを見たら、何と言っただろうか。
すごい、と言っただろうか。それとも何も言わずに、ただ目を見開くだろうか。お父さんは笑って写真を撮ろうとするだろう。お母さんは泣くかもしれない。
ユイは翼を閉じた。
光が消えた。部屋が暗くなった。
ベッドに横になった。天井を見た。
颯太、とユイは思った。待ってて。もうすぐだから。
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