第10話 父の言葉
G1の十一月、今日は父が珍しく訓練施設に来た。
面会室は狭かった。テーブルを挟んで向かい合って座った。父は私服だった。テクノフォースの施設に来るのに私服というのは珍しかった。
「顔を見に来た」と父が言った。
「珍しいな」
「たまにはいいだろう」
しばらく無言だった。父がテーブルに缶コーヒーを二本置いた。アラタは一本取って開けた。
「訓練はどうだ」
「一応終わった。もう今は実戦に出てる」
父は少し目を細めた。
「そうか。早いな」
「適性が高かったから」
「そうじゃない」父は缶コーヒーを持ったまま言った。
「お前が早く前に出ようとしているんだろう」
アラタは答えなかった。否定できなかった。
父は少し間を置いてから言った。
「ECSの開発に、新しい段階が始まっている」
「どういう意味だ」
「オーバードライブシステムだ。スーツの安全制限を解除して、性能を限界以上に引き出す。移動速度が通常の二倍から三倍になる。武装も全力で使える」
「代償は」
「神経損傷、骨折、内臓へのダメージ。最悪の場合は死ぬ」
アラタは缶コーヒーを置いた。
「そんなものを俺に使わせるつもりか」
「使わせたくはない。ただ、戦況によってはそれが必要になる可能性がある。知っておいてほしかった」
「なぜ俺に直接言いに来たんだ?公式に伝達されることじゃないのか」
父は少し考えた。
「公式には伝わる。ただ、俺がお前に言いたかった」
アラタは父を見た。父はコーヒーを飲んでいた。それ以上何も言わなかった。
帰り際、父が立ち上がりながら言った。
「ユイの情報が入った」
アラタは動かなかった。だが、頭の中で気になっていた情報だ。
「長野の修練施設で、頭角を現しているらしい。祈りの出力が高い。短期間で翼が大きくなっている」
「そうか...」
残念な気持ちと嬉しい気持ちが、混ざり合っていた。
「会いたいか」
アラタは少し考えた。
「会いたい。でも今は会えない」
「そうだな」父は立ち上がった。
「だが戦場で会う日は来る。その時どうするか、今から考えておけ」
「わかってる」
父はドアに向かいかけて、止まった。振り返った。
「お前の母親も、信仰派に近い考えを持っていた」
アラタは顔を上げた。母親の話を父がするのは、初めてだった。母はアラタが三歳の時に病気で死んでいた。記憶がほとんどない。
「神がいれば助かったかもしれないと、俺は思った時期があった」父は静かに言った。
「でも違った。神がいても、死者は戻らない。それがわかっていたからこそ、俺はテクノフォースに入った」
アラタは何も言えなかった。
「ユイも、いつかそれに気づく」父はドアを開けた。
「気づいた時、お前がそこにいてやれるかどうかだ」
ドアが閉まった。
アラタは一人で面会室に残った。缶コーヒーが半分残っていた。冷めていた。母親のことを考えた。三歳の時に死んだ母親。顔も声も覚えていない。父が神を否定する理由が、今日初めてわかった気がした。
そしてユイのことを考えた。ユイは颯太を失った。両親を失った。その痛みの中で神を信じることにした。その気持ちを、アラタは理屈では理解できる。でも納得はできない。死んだ人間は戻らない。神でも同じだ。出来るなら既にしていなければおかしい。
父はそれを知っている。アラタも知っている。ユイはまだ知らない。気づいた時、お前がそこにいてやれるかどうかだ。父の言葉が頭に残った。
アラタは立ち上がった。缶コーヒーを捨てた。部屋を出た。廊下を歩いた。訓練室に向かった。明日も出撃がある。今できることをやる。それだけだった。それだけでよかった。今は。
G1の冬が来た。東京の街はさらに暗くなっていた。夜間の消灯が義務化された地区が増えた。避難民が増えた。物資が不足し始めた。戦争は日常になりつつあった。
アラタは毎朝五時に起きた。訓練をした。実戦に出た。帰ってきた。また訓練をした。ユイへの連絡は、結局一度もすることが出来なかった。
言うべき言葉が見つからなかった。見つかるまで待つことにした。いつかユイに会う。戦場で会うかもしれない。その時、何を言うかはまだ決まっていない。
でもアラタは一つだけ決めていることがあった。死なない。生き残る。生き残って、ユイと向き合う。
それだけだった。
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