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未練の歌。

掲載日:2025/11/09

電車の揺れで目が覚めた。

田舎の実家に帰省する途中。

父の危篤を知り、急いで来たけど、病院でしっかりと治療を受け、今まで通りに戻ったらしい。

だから、母には大丈夫、仕事が忙しいんだから。と言われていた。

電車の中で、チラチラと影る中、私は外を眺めていた。

あと一時間ほどかかる。


「懐かしいなぁ……あの山。キャンプ場、潰れちゃったんだっけ……」


ぼそっと呟いた。

夕陽に照らされ、くたびれたバッグを膝に置きながら。


「みんな何してるんだろ。秋ちゃん、結婚したのかな」


ただ、自分の事を二の次に。

他人の事だけを考えていた。


わざとそうしていた。


地元は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

でも、正直、帰りたくない。

何かがある訳でもない。

いじめは一回あったけど特に気にせず。

高校は卒業し、大学は一度留年しかけた。

けど、理由はこれじゃない。

理由なんてない。


大学を出て七年と二ヶ月。

もう私も今年で二十七。


少しずつ紅葉に染まる山々を見つめながら感傷に浸っていた。


「……佳奈?」


「え……四谷くん?」


すらっとした体に、長い足、そんな彼の名は四谷 はじめ、私の初恋相手だ。


「久しぶり。覚えてたんだ。その席、座っていい?」


人差し指で前の席を指差す。何もないただの席。

緑色のそのシートに、彼は腰をかけた。

重そうなキャリーケースと、リュック、そして見慣れたビジネスバッグ。


久しぶりに話す人が四谷くんだなんて。私は嬉しかった。

でも、同時に少し寂しかった。


彼の白くて細長い指が、夕日を反射した。


初恋相手、と言っても、高2の話。もう十年も経っているのに、この気持ちが消えていない事には気づかなかった。

少し、目が熱い。


忘れていた。彼の事。

こんなに好きで、狂ってしまうほどなのに。


彼の薬指が、もう一度光る。

こちらを煽る様で、不思議と怒りを感じることはなかった。


彼は続けた。


「佳奈、今までどこにいたの?」


「ただただ普通に生きてた」


「何それ、面白いね」


「四谷くんは?今まで……」


そっと言葉を呑み込んだ。

今、これを言ったら、涙がこぼれ落ちそうな気がする。


同じ事を続けて、ただ言うことに従ってたあの頃とは違って、今は小説書いて暮らす私に、四谷くんの笑顔は眩しかった。

それが夕日とかぶって居たからかはわからない。けれども、彼は夕日より眩しかった。

そっと下を向いて。君の言葉を待った。


「俺。高校でて短大行って、彼女できたんだ」


彼は目の前を眺めて続けた。

美しく並べられた文字が流れていく。


「それで結婚もした。娘もできた」


「……そう」


私は黙って話を聞いて居た。

なぜかこの時、電車の揺れも、遠くの紅葉も、無駄に多い心拍も感じなかった。

たった一つ。心の穴が広がっていく気がした。


「でも。浮気された。親権も奪われた。俺は何もしてないのに、元妻の悪事に囚われ、娘も消えていった。もう会うことはないと思う。だから別れて、数百万飛んだけど、娘のためと思って戻ってきたんだ」


すり減った心。それは、私だけじゃないのだ。

社会は自由で不自由だ。

誰かによって生活が消し飛ぶこともある。


「そっか……」


「……」

「……」


沈黙が続いた。

しばらくの間。ただ電車に揺られた。


四谷くんは、ただ窓の外を眺めて居た。

その美しい陽に輝きはない。


ガタンゴトンという地面からの響き。

長い事乗っていると、この感覚を覚えてしまいそうだ。


窓から差す斜陽だけは、この時間を無駄にしない。


「ねえ、四谷くん。君は今、幸せなの?」


他愛ない質問をした。

そう思ったのは、私だけだった。


「俺が、次幸せになるのはいつだろうね」


「……え? それはすぐに来るよ! 大丈夫だよ!」

「そんな訳ない。じゃあなんで俺は今幸せじゃないんだ」


悲しそうに、少し感情が溢れながら言った四谷くんの言葉で、私はとあることに気づいた。


――今幸せだと思っていたのは、私だけ。

ということに


「でも……」


何も言い返せず、黙り込む私に、彼は少し呆れた様子で言った。


「妻には騙され、娘も金も家も消えて、そんな俺に失うものも、幸福なんてものもない」


このままではまずいと思った私は、咄嗟に何も考えず小さく言葉を吐き出した。


「何か、探さない?」


果てしないほどに無責任な提案。

少し黙って、彼は少し口角をあげた。

その目は笑って居なかった。

その目は、憎しみとやる気に溢れていた。


「そうするのも、良いかもな」


「頑張って、応援してる」


彼の背中を押せるなら、そう思った。

彼は、また少し黙っていった。


「……お前とに決まってるだろ」


「……え?」


ありふれていた彼のための言葉。あまりに突然で、あやふやになってしまった。

彼は、私の気持ちに気づいて居たのか。

そう思った。この未練が、彼に届いたのは……


振られた当時は、想像も、考えることすらできなかった。


「冗談、だよね……」


「いいや。本気だ。俺はいつだって本気だ」


世界の片隅で、自分の運命を憎んで泣いて居た。

あの頃の私に言ってあげたい。


「で、でも、あの時振ったじゃん」


「仕方ないだろ、親厳しいんだよ。大学でできた子にしなさいってな。意味がわからん」


その言葉には、彼の、"あの人"に対する恨みが入り混じっていた。


「四谷くんは、仕事は大丈夫なの?」


「大丈夫だな。一応。不動産してて――」


彼は、自分の職業について話した。

俗に言う不労所得で、働かずともかなりの金が入ってくるそうだ。


空の青さすら覚えていない私は、その話をする彼に見惚れていた。

いつのまにか目の前に居た彼は、私を見つめて言った。

ものすごく真っ直ぐで正直な目で。


「僕と。お付き合いしてくれ」


直後、恥ずかしいのか目を逸らし、頬が赤くなった。


掠れた世界と掠れた声で、私は言った。


「はい」


この未練が、未練の歌が彼の心を動かす様なものだとは思わなかった。

でも今は。暖かい彼の手がそばにあるから。

売れない私の冷たい手を暖めてくれるから。


これからも、生きていける気がした。

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