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幕間 ラティナとイエロアニス親衛隊

神聖ニグルアルヴムの辺境にあるボロ屋敷

廃城イエロアニス



かつてこの地を支配していたイエロアニス卿の別荘として建設された城だが、ついぞ彼がこの城に住まうことはなかった

城門の前に門番の如く立ち塞がるのは尖った耳に金色の鎧を纏った二人の男だ



「ガルーダ、まだでやんすか?おで、もう腹が減って死にそうでやんす!」


見た目はエルフというよりはオークやドワーフに近いのではないだろうか

ずんぐりとした鎧ににはち切れんばかりの肉を詰め込んだ何ともだらしない、しかしどこか愛嬌のあるエルフが腹を大袈裟に撫でながら隣の男に問う


「イヴァンお前はさっき食べたばかりだろう、ラティナ様にこれ以上ご迷惑を掛けるな」


「だってぇ」


「だっても昆布もない」


太しましいイヴァンと違い細い神鳥を思わせる気品漂う男の名はガルーダ

イエロアニス家に伝わる伝統的な槍、螺旋槍を携えた男だ

彼もまた冷ややかな瞳とは裏腹に隠しきれない優しさを醸し出していた



「第一私は既に4時間もこうしているのだぞ?お前は一体いつからここにいたんだ?」


「えーっと6時間でやんすか?」


「30分だ」


ガビーんと言わんばかりのショック顔にガルーダは顔を顰めるも、それ以上は追求しようとはしない

そんな彼の元に、黒髪長身の美女が背後から忍び寄る


「ガルーダさん、良い加減休んでください?お昼ご飯の時間ですよ。ボケてルーティンまで抜けたんですか?」


毒舌ぶりを隠そうともしない長身の女の名はフローゼ

実質的にこの集団のまとめ役であり、ガルーダの幼馴染みでもある

かつてイヴァンがガルーダに惚れているのではないかと宣った際に、彼がひき肉になった記憶は二人の間でも比較的新しい

そして、彼女の思いを完全否定したガルーダもイヴァンと同じ運命を辿った為に、二人の間には奇妙な信頼関係が出来上がっていた



「フローゼ、良い加減に許してくれ…もう50年もその調子じゃないか。一体何が気に食わないんだ」


「あら、私が怒っているように見えるんですの?勘違いも甚だしいですわね。仮に怒っているとして、私が何に怒っているとでも」


「……昔、お前の蒸しイモをつまみ喰いしたことだろう?すまなかった反省している」


空気が凍った、イヴァンは額に手を当て項垂れている

何が起きたかわからないガルーダは困惑の中臨戦体制に入る


「なんで私はこんな奴のことを……」


「ガルーダ、お前は一回死んだ方がいいでやんす……」


「な、何なんだお前達二人揃って!私が一体何をしたというのだ!?」


「女の子の純情を踏み躙ったことよ」


「……女の子?ハッそうか分かったぞフローゼ!」


それを聞いたフローゼの顔が少しばかり柔らかくなった


「…ようやく分かってくれたの?私がどれだけ待──」


「ラティナ様が私にご用意くださった食事が冷めてしまうという事だな!?こうしてはおれん…ラティナ様ーーー!!!!!」


ガルーダは火でも付いたようにその場を駆け一瞬で城内へと消えてしまった






「……うっ…うっ、何でよ…何で伝わんないのよ、あの石頭!クソ、何でこんなに匂わせてるのに!!」


「フローゼ…良い加減に告白した方が良いでやんすよ?匂わせも良いけどアイツの鈍感さはアンデッド並みでやんす。それにフローゼはもうそんな歳じゃないでやんす、匂わせても鼻に付くのは別のにお──」


イヴァンは今日、どんな魔物にも味合わされたことの無い恐怖を植え付けられることとなった





階段を駆けるガルーダ

その足取りは軽く、どこか急いでいるとも見て取れる

実際に彼は急いでいる

イエロアニス親衛隊にして、まとめ役である彼は異常なまでに責任感が強く真面目で、鈍感だ

主人を敬愛するあまり他の事柄に盲目的になるのは彼の欠点ではあるものの、その忠誠心故に今の地位を手に入れたと言っても過言ではない


しかし現在はその鈍感さが災いし、近頃はラティナを恋敵とし、錯乱したフローゼの主君暗殺未遂にまで発展している

その後、ラティナは配下のメンタルケアに追われ、フローゼの恋バナという名の愚痴を聞かされ続けている

本人が全く気付いていないが為に、ある意味この集団で最も気軽で自由な存在と言えるだろう


「ラティナ様!親衛隊長 竜狩りのガルーダここに!!」


屋敷の中層にある食堂

神速の勢いで出向いた彼の先にいるのは可愛らしいエプロンを付け、食事を盛り付ける少女


「ガルーダ?ごめんね!まだ盛り付けきれてなかったの…もっとゆっくり来て良いんだよ?ほら、私もその方が気が楽だからさ」


やや呆れ顔でガルーダを迎える少女だが、ガルーダはあまり彼女の発言の真意には気付いていない様子だ


「いえ、ご遠慮なさらずに!このガルーダの時間はラティナ様の時間です!何卒馬車馬のように!いえ寧ろウジ虫の奴隷の如く扱って頂きたい!!!」


「そうじゃないんだけどなぁ……」

”ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!”


「な、何!?」


ラティナの発言を遮るように男性の断末魔が聞こえて来た

これは見知った男の声、そうイヴァンのものだ


「イヴァンの声だわ!ガルーダ見てきて!」


「はっはっは!心配ご無用!イヴァンは歴戦の勇士、あのような無様な雄叫びは見知った者にしか見せません。恐らくはフローゼと腕試しでもしているのでしょう!鍛錬に勤しむ事は良い事ですな!」


「そ、そうなんだ…でも一応…………うわぁ…」


ラティナは片目を瞑り何かを確認する仕草を見せるが、その表情が青白く彼女が見た光景の凄惨さを物語っていた


(ラティナ様の固有妖術千里眼、あの力があるからこそこうして我らは安寧を得ている…クソ!!!これでは”あの時”と同じではないか。なぜ君主に配下が守られているのだ!)


「…ルーダ?おーいガルーダ、戻ってこーい」


「…ハッ!」


かつての苦い記憶に思いを馳せるガルーダだったが、すんでの所で現実に帰る


(そうだ、いつまでも過去に生きていては何にもならん。俺はあの日誓ったのだから)


かつての君主との約束を思い出し、より一層の忠誠を心に誓う


「あぁ…うん!ありがと!さてまずは掛けて?重大な話があるの」


「畏まりました!」


輝く瞳の放つ言葉にラティナは若干の胸焼けを覚えながら、彼に重大な話題を持ちかける


「新しいノワールが降臨したわ」


千里眼を解除した彼女の瞳には、片方は配下より一層深い純銀の瞳

片方には煌めく黄金の螺旋模様の瞳が輝いていた


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