ノワール・神卸・純潔
混乱と興奮に飲まれ言葉を失うルーファウス
しかし、目の前にある光景は紛れもない本物だ
シルクのような素肌にほんのり香る女性の匂い
何より未だ感触が残る彼女とのキス
「よろしくお願いします…あの、出来れば初めてなので優しくして頂ければ嬉しいです」
「ままままま、待って下さい!」
慌てふためきルーファウスはその場から飛び退き彼女から距離をとる
至近距離からは拝めなかった彼女の全身が写り、より一層の興奮に苦痛すら覚えるが強引に理性を保つ
(おかしい!絶対におかしい!なにが狙いだ?このウブとしか言えない表情も擬態なのか、いやでも俺と……その交わることに何のメリットが?わからない、絶対に裏がある)
童話で見る展開だ
よくあるのはその魅惑的な体で男を誘惑し生気を吸い取るサキュバスだろうか
彼女の見せる優しさや庇護欲をそそる清楚な態度も悪魔だと言うなら筋が通る
「まず落ち着いて!その…急すぎます」
まず冷静になることだ
仮に悪魔かなどと突然聞き彼女を不快な思いにさせたくない
それ以上に、仮に
そう仮に本当に彼女が自分に惚れていたとして、いきなり初対面の男に性行為を求めるような環境にいるのであれば救ってあげたい
だからこそまずは、当たり障りのない返答で様子を見る
「ごめんなさい、不潔ですよね…バカみたい。貴方を家に招き入れて抱いて欲しいなんて」
そう言い彼女は床に落ちたドレスで体を隠し黙り込む
「本当にごめんなさい、どうぞその寝室は貴方の思うようにご使用なさって?」
「待って!嫌だなんて言ってません…いや寧ろ願ったり叶ったりというか、でも待って!まずは話を」
思わず本音を漏らしてしまう
誰だって男ならこんな美女に誘われたら断りたくない
寧ろ、この状況で彼女を退けた男がいたのなら全力で罵倒するだろう
しかし、状況が状況だ
見せかけの冷静さを保ちルーファウスは彼女のベットに腰掛ける
「ここで話して頂いても良いですか?」
「わかりました」
ルネは軽くドレスに袖を通し、ルーファウスの隣に腰掛ける
苦虫を噛むような羞恥心と恐怖を含みながら彼女はわずか答えた
「私、処女なんです」
「ええ、それは分かります」
「…え!?」
なにを今更と思いながらと返答するが、その発言がルネをより一層苦しめたのか顔が火山の火口の如く真っ赤に染まる
「別に良いじゃないですか、好きな男性に巡り会うまで純潔を保つことはなにも恥ずかしいことじゃなですよ?」
「い、いえ…それは理解しています。私だって好きな殿方と……その交わりたいですし」
「では何故……」
ルネはあまり言いたくなさそうだが、こればかりは妥協できない
何よりここはニグルアルブムなどと言う全く知らない世界の話だ
自分の常識が通用するとは言い難い
この世界でこれから生きていく為にも、この世界の常識はこの時点で知っておくべきだ
「ブランは齢25を超えるまでに子を成さなければ、赤髭様の居城に連れて行かれます。そして死ぬまでノワール人の子を孕ませ続けられる」
「……え?」
「私は今年で24歳です。そして、あと1ヶ月と経たないうちに私は齢25を迎え孕み袋にされる。貴方だけが希望なのです」
耳を疑った
だが、彼女の声音とこれまで彼女が見せた言動や仕草が、それが事実であると教えてくれる
それと同時に凄まじい怒りに襲われた
別世界の、この心優しい住人達を家畜のように扱うノワール人に吐き気を催す程の憎悪を覚えた
「しかしそれは余りにも……」
「私だけではありません」
言葉をルネが深刻な表情で遮る
「貴方様だって危険ですよ?」
「俺が?」
「貴方は純血のノワールでしょう?」
「ええ、完全な定義は分かりませんがそうだと思います」
「この世界では純血のノワールは貴重なのです。あの赤髭様も別世界の住民の子孫でしかない、当然子を成すほどに血は薄れ神卸の恩恵も少なくなる。今ノワールは危機的状況にあるのです。仮に貴方が子孫繁栄を拒んだ場合、どうなるかは分かりますね?」
ゾッとした
何故そんな蛮行ができるのか、確かに現代社会を生きる自分の価値観では測れない常識があるのだろう
仮に─仮称─魔族などであれば理解できる
彼らからすれば人間など豚や猿程度の認識なのだろうから
しかし、仮にも同じ世界に生きた存在の子孫だ
その事実がただただルーファウスは恐ろしかった
「…待って下さい、神卸って?」
今までずっと放置されていた謎の言葉に触れる
何らかの特別な力や儀式であるとは理解できるが、その実態にこそこの蛮行の本質があると感じたからだ
「ノワール人のみに許された力。螺旋の諸相と呼ばれる力です。それは一重に自然の力に始まり、あるものは雷を、あるものは水を、あるものは風を操る超人的な力を得る。何でも、ノワール人は自然に愛された種族らしくその神の力を身に宿す事が出来ると言われています。そして、純血のノワールほど器は大きく力は強大なものとなる」
「じゃあ仮に俺が神卸の儀を受けたら」
「文字通り神の如き力を振る事ができるでしょう」
「じゃあ─」
「無理です、神卸の為には赤髭様の居城に行かねばなりません。仮に到着できても貴方では天地がひっくり返ろうとも赤髭様には叶わない」
するとルネはそっと再び口付けをし、優しくルーファウスを抱きしめた
「だからお願いします。どうかまず、目の前の哀れな娘を救って下さい…妊娠さえできれば良いんです。そして、もし良ければ他の女性とも」
ルネはルーファウスを抱き抱えたままベットに寝転び、その純潔を散らしたのだった




