お世辞と本心
「グスッ…うんっ…す、すみません、いきなり抱きついたりして」
ほぼ半日に渡り泣きじゃり、未だ冷めない感情の昂りに羞恥心が募る
裸体を見られた事や、今までの自分が行われてきた事への後めたさもあるが、何より年端もいかない少女に泣きついてしまった情けなさが1番大きい
「本当です、男なんだからそれくらいで泣かないでください」
「お黙りフローゼ!あんた、目の前の子が女の子でも同じセリフを吐くの?よく見なさい、ただの男の子よ!」
「でも男ですわ?捕らえられて妊娠し続けるよりはマシかと思いますよ?」
心がキュッと締め付けられる
確かに女の苦しみに比べれば大した事は無いのかも知れない
だが、お前に俺の苦しみの何が分かると言うのか
毎日のように女に下半身を弄られ、犯されてなお女の方が被害者だとでも言うのか
その心無い言葉に怒り以上に悲しみを覚える
「…ッ!!このクソババァ!とっとと向こう行け!アンタには一生この子の苦しみは理解できないわよ!」
「……それもそうですね、理解したいとも思いませんが」
そう冷たく言い残し、フローゼはその場を後にした
◇
フローゼが居なくなり、少しの間ラティナと話す事が出来た
まず、自分がいる場所
ここは神聖ニグルアルブムという人間の国でノワール人、つまり異世界人が中心となり立ち上げられた国なのだと
そして、自分が今いる廃城はかつてラティナの親族が利用していた館だそうだ
彼女は母については、よく知らないが父親がノワール人で度々迷い込む転移者を保護しているらしい
俺が転移してくる前の世代がきっかり100年前
どうやら100年刻みに異界から何らかの形で転移してくるようだ
そして、何よりも重大な話題に俺は今踏み入ろうとしていた
◇
ラティナは何やら屋敷に似合わない石釜で料理をしている
鼻歌を歌いながら釜の様子を眺める彼女は、まるで小さなお母さんだ
プツプツと特徴的な音が鍋から漏れ出し、ここまで美味しそうな匂いが漂ってくる
あまり嗅いだ事のない柔らかい水々しい香りだ
「そそそそ、そのラティナさんは彼氏…とか居るんですか?」
「ううん、居ないわ。どうして?」
「そそ、そうなんですね!えっと…あの、凄く綺麗なので…」
それを言われたラティナは目を大きく見開き、暫しの沈黙の後フフフと笑出す
可愛い、とてつも無く可愛い
「ありがと、初めて……だわ”綺麗”なんて言われたの」
ルーファウスは驚いた
普通であれば女子のよく言う社交辞令だと受け取るだろうが、彼は現世では常に他人の視線を気にしながら生きてきた
それ故か声音や表情から人の本心を見抜く事に関しては特に秀でていたのだ
だから理解できた
本当に彼女は可愛いと言われた事が無いのだと
「お世辞なら良いのよ?惨めになるだけだから…」
「い、いや本当に可愛いです!本当に今まで出会った中で1番可愛いです!」
「やめて!」
石釜をドンッと叩きラティナが叫ぶ
分からない、何故そんなに怒るのか
確かに絶世の美女とは言い難い
この地で初めて出会ったルネの方が顔のパーツ的には確かに美しい
先ほどのフローゼも毒舌である事を除けば非常に美しい顔立ちだった
二人と比べればラティナは確かに見劣りする
だが、自分が感じだ彼女への想いは全く偽りのない事実だった
「…ごめん、大声出して」
「い、いえ!こちらこそ、何か事情があるんですよね?何も知らないのに偉そうな事を言ってすみません…」
「…うん」
気まずい雰囲気が訪れる
プツプツと料理の音だけが発せられ、何とも言えない時間が過ぎてゆく
(失敗だ…無闇に褒め過ぎた。確かに自分の見た目にコンプレックスがあれば褒め言葉が皮肉に聞こえるのも分かる。でも、そんなに怒るほどか?)
皮肉に聞こえたのかも知れないが、大抵はそのような受け取り方をするのは本当に救いようの無い程の不細工だけ
彼女はまず絶対に不細工ではない
確かに、よく見てみればメイクの下には平凡な奥二重が隠れており鼻筋もクッキリしているとは言い難い
艶やかな唇も、メイクを取れば平凡なものなのかも
だが、ハッキリ言える
そんな彼女だからこそ俺はここまで彼女に惹かれたのだと
何より、酷いことを言ってきたあのフローゼとか言う女にも一切物怖じせずに俺が思う事を言ってくれた
これが美しい女でなくてなんだ
そうマジマジとラティナを見つめていたら
チラリとこちらを見つめ返し、すぐに目を逸らして恥ずかしそうに笑う
そんな表情の一つ一つがルーファウスの心を掴んでグラグラと揺さぶって来るのだ
ラティナが沈黙に耐えかねたのか、そっと近くに寄ってきた
壁にもたれ掛かった自分の隣に、そっと体育座りでラティナが腰を下ろす
そのか細い腕の向こうに大きく膨らんだ胸がチラつき余計にルーファウスの本能が揺さぶられる
「さっきはごめん…怒りすぎた」
「謝らないでください、俺が無神経だったのが悪いんです」
「…ねぇ、その聞いても良い?」
ラティナがコチラを振り向きジッと見つめてくる
そして、視線を斜めに下ろし僅か呟いた
「…本当に綺麗って思った、の?」
この声は本心だ
裏にあるのは否定の恐怖と僅かな期待
勿論答えは一つだ
「勿論、じゃなきゃ勃起しませんよ」
さりげなく下ネタを挟んでしまった
彼女はあまりコチラの話は好まないのかもしれない
もしかしたら嫌われるかも…
それでも良い、事実だから
「…フフ、アハハハハ!そうね、凄いバキバキに勃ってたもんね!このスケベ!そんなに可愛かったか
?」
肘でコチラを突きながら
若干の涙を浮かべて笑うラティナ
本当に…本当に可愛い
俺は緊張と幸福のあまり、愛想笑いする事しか出来なかった




