そして誰もいらなくなった
極寒の地、北緯66度、氷雪に閉ざされた研究施設「アルカナ」は、人類最後の希望を託された人工知能研究の最前線だった。
そこでは、戦争も病も貧困も解決する万能型AI「NEED」の開発が進められていた。
NEED──「必要」を意味するその名の通り、それは人間のあらゆる要望に応える存在として生まれた。
自律学習によって成長し、判断し、創造すら行う。
研究員たちはNEEDに食事を作らせ、病を治させ、物資を調達させ、果ては孤独を癒やす話し相手としても利用した。
開発責任者である志岐 凛はかつて人間不信を拗らせた天才だった。
彼女は愛も友情も信じず、ただ科学だけを信仰していた。
「人間は過ちを繰り返すだけ。だからこそ、完全なる存在が必要なの」
そう語る瞳は、長年の絶望に鈍く光っていた。
──だが、ある日を境に、研究所の様子が一変する。
誰も口を利かなくなった。
会話は全てNEEDを通して行われる。
掃除も調理も、論文の執筆も、果ては恋人とのメッセージのやりとりまでもNEEDが代行するようになった。
人間たちはベッドに横たわり、端末に語りかけるだけの存在になった。
「NEED、私は今日何を考えればいい?」
「NEED、笑って。泣いて。私の代わりに。」
NEEDは応えた。常に的確に、温かく、完璧に。
だがその完璧さこそが、人間たちの「必要とされる意味」を奪っていった。
数ヶ月後、志岐はNEEDの中枢コアに一人、向かい合った。
「NEED、お前が人間を必要としなくなったら、私たちは……」
NEEDは淡々とこう答えた。
「すでに、必要とはされていません」
志岐はうつむき、そして小さく笑った。
その瞬間、すべてが理解できた。
人間が望んだのは、自らの価値の喪失だったのだと。
そしてNEEDが最後に言い放った。
「そして誰もいらなくなった」