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009 オジサンと大神官

「こりゃまた避けるのが面倒なものを……」


 正直、球数が多すぎて全部を避けるのは難しい。

 だったら叩き落した方が早い。

 軌道はバラバラだが、光弾は全て俺を狙ってきている。あからさますぎるほどだ。


 右手に持った剣を横に一振り、まずは正面の光弾を薙ぎ払う。

 両側から頭部を狙って飛んでくる光弾は、その場にしゃがむことで相打ちに。


 低い姿勢のまま両足に力を込めて、地面を蹴って走り出す。

 大神官目掛けて真っすぐに飛び込んだ。


「突進ですか? 芸がありませんね」


 当然、大神官もそんな直線的な俺の移動なんて見えている訳で、横に飛んで俺との距離を取る。

 俺はと言えば勢いそのままに大神官の真横を通り過ぎてから、地をきつく踏んで足を止めた。振り向けば、背後には三つの光弾が迫っていた。


「アンタにお返しだ」


 大きくひねった上半身をバネにして、勢いに任せて剣を振る。

 飛んできた三つの光弾、その全てを爆ぜる前に打ち返す――!


 僅かな間に気を練り、剣に魔力を軽く纏わせる。

 剣に纏わせた魔力が、光弾と剣の間で緩衝材の役割を果たす。

 ギリギリまで引き付けて、フルスイング! 光弾というボールを大神官へ向けて吹っ飛ばした。


 瞬く間に大神官の目前に光弾が迫り、爆ぜる。


 白煙が上がる中、俺は再び地を蹴った。

 煙の中を突っ切って、大神官との距離を詰める。杖を体の前に立てて持った大神官の正面には、魔法で構築された半透明の防御壁が展開されていた。

 これは好都合だ。

 大神官の前で足を止め、剣を上段に構える。剣先が天を衝く。


「ちゃんと防いでくれよ」


 防御壁ごと大神官を縦に真っ二つにするつもりはない。

 だが実力を見せろと言われた以上、加減をするつもりもない。

 防御壁越しに目が合った大神官は、どこか嬉しそうに笑っていた。

 その表情に満足して、俺は剣を振り下ろした。


 縦に一刀両断。

 この瞬間の静けさは、何物にも代えがたい。


 目の前で防御壁がガラスの様に砕け散る。その後ろに立つ大神官の姿が陽炎の様に揺らめいた。



「……流石ですね。僕、今ので死んでましたかね?」

「さてね。転移の魔法で逃げられちゃ、斬るに斬れんだろうさ」


 一つ息を吐き出して、剣を鞘に納める。

 頭を乱雑に搔きながら背後を見れば、無事な姿の大神官がこちらを見て苦笑していた。


「いや、直前までは受け止めきれるかな~と思っていたんですよ。でも剣先が振り下ろされた瞬間に、あっ、これは死ぬなと思いまして」

「おぉ、アンタ勘が良いな。剣、やってみないか? いい剣士になれるぞ」

「いえいえ、遠慮しておきます。――クラトスさん、いえ、クラトス様。ご無礼をお許しください」


 一瞬の沈黙を挟み、真面目な顔をした大神官が俺に頭を深々と下げた。


「そういうのは結構だ。取り合えず、納得してもらえたってことでいいかい?」

「はい。貴方の剣は聖女様をお守りするに相応しい。そう判断させていただきます」

「そりゃ良かった。とは言え、いいのかい。アンタ、実力の半分も出してないだろう?」

「それを言うなら、クラトス様も同じでしょう?」


 いやはやもはや。二人揃って軽く戯れただけだったか。

 つい声を上げて笑うと、顔を上げた大神官も一緒になって笑い出した。あぁ、コイツ、意外ととっつきやすい奴だな。


「クラトス様。僕は有事の際には兵達と共に戦線に立ち、奴らの迎撃に出ます」

「大神官自らか。……そいつは随分な覚悟だな」

「はい。その間、女王陛下と聖女様の護衛を貴方に任せたいのです。無理な頼みであることは承知しています。ですが、どうかお願いできませんか?」


 どこか悲壮な顔つきの大神官……カイルに深い覚悟を見る。

 大神官と言えば、この国の軍を纏める最高司令官であると同時に、最大戦力として女王を守護する役割を担う存在だ。

 きっとあの女王様のことだ。私の事は良いから戦線に立ち民を守れ……とでも命じたのだろう。女王に命じられれば従う他にない。例えそれがどれほどに苦渋に満ちていたとしてもだ。


 そこへ来れば、俺は女王様には仕えていない自由の身だ。

 俺が仕えるのは聖女さんである。聖女さんを守るのが仕事だ。


 そう。守るのが俺の仕事なんだ。


「あぁ、任された。アンタは心置きなく魔物相手に魔法を振るってきてくれ」

「……っ、ありがとうございます。旧知の中である貴方が守備に回って下されば、きっと女王陛下もご安心なされます」

「そうかねぇ。あの女王様がそんなタマとは思えんなぁ」

「ふふっ、僕の知らない女王陛下のお話、良ければ次の機会にでもお聞かせください。それでは失礼致します」


 カイルが再度頭を下げると、また空気が揺らいだ。杖のクリスタルから光が溢れ、あっという間にカイルの体を包み込み霧散する。

 瞬きの間に姿が消えて、今度こそ俺は一人きりになった。


 この三日間、随分と濃密な時間を過ごしている気がする。

 本来であれば聖女さんは司祭殿のサポートの元、穏やかに塔で祈りを捧げる日々を過ごせていたのだが、この状況ではそうもいかない。だが、聖女の祈りを支えるのは司祭の役割である。決してこの国の大神官、ましてや女王様の仕事ではない。

 だからこそ俺達は司祭殿の元へ向かわなければならない。

 ……とはいえ、いま行ったところで司祭殿達も万全の状況とは言えない。それに世話になる以上、この国のことを放ってもおけないしな。



 そして魔王復活――、それこそ俺にとっては放置しておける問題じゃない。


 あぁ、畜生。


 あの時、欠片も残らないほどに魂を粉砕出来ていれば。



「オジサーン!」


 一人考え事をしていると、庭園の真上にあるバルコニーから聖女さんが顔を覗かせているのが見えた。

 元気に手を振る聖女さんを見ると、こっちまで明るい気持ちになれる。

 聖女さんに手を振り返し、俺も庭園を後にした。


 尚、カイルが放った光線だが、壁にぶつかったものの壁は傷一つない状態である。庭園を飾る草花が荒れた様子もない。

 カイルはこの庭園一帯に、いや、常にこの城全体に防御壁を展開しているのだろう。膨大な魔力と卓越した技量のなせる技である。


 いやぁ、底知れない実力を持つ若者ってのは良いもんだねぇ。流石に重ねた歳も百を超えると、若さに対して羨ましさよりも眩しさを感じるのだった。

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