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008 オジサンと聖女の仕組み

 この星は聖女の祈りにより守られている。

 聖女の祈りにより、この星に安寧がもたらされているという。


 言ってしまえば、他所から呼び出した相手にこちらの事情を一方的に押し付けているというわけだ。


 この仕組みがいつから出来たのかは不明だが、少なくとも人類の歴史の半分近くは聖女を呼び出しては祈らせているという記録が残されている。この星に住んでる俺が言えた事じゃないが、何とも手前勝手なシステムだと言わざるを得ない。


「聖女様が元の世界にお戻りになる条件は二つ。聖女としての任期を全うするか、命を落とした場合にのみとされています」

「命!? だって! 死んだらそれはっ、向こうに戻っても死んでるんじゃないの!?」

「それは不明なのです。歴代の聖女様で死した方は片手で数えるほどしかおらず、命を落とすと同時に肉体は消え去ってしまうのです。我々には異なる世界を感知する手段はありません。その後の聖女様の状況を知る手立てはないのです」

「……一方的すぎるよ、そんなの。任期ってやつは? どれくらいなの?」

「五年から十年。聖女様個人の資質により前後しますが、平均してそのような期間となっています」

「長いよ! 私っ、困る! 学校もっ、バイトもある! 帰んなきゃっ!」

「どうかご安心ください。こちらでどれほどの月日を過ごしたとしても、貴女は貴女がこの星へ呼び出された瞬間に戻るとされています。そしてもう一つ。聖女と言う大役を果たされた暁には、願いが一つ叶うのです」

「願いが……?」


 それまで怒りにも似た感情を見せていた聖女さんの動きがぴたりと止む。

 大きな目を何度かしばたたかせて、それから小さな呻き声を上げた。


「……ちょっと前に流行った、何億年ボタンってやつに似てる気がする。でもこっちは億年単位じゃないし、全然現実的だよね……これ、逆に役得?」


 口元に手を当ててぶつぶつと聖女さんが呟く。

 正直な話、任期を果たした聖女が無事に元の世界へ戻ったのかどうかを知る手立ては俺達にはない。少なくともこの世界からは消えてしまうというだけの話だ。

 だが、願いを叶えるという点に関しては事実だと言い切れる。何故ならば。


「願いを叶えるという点に関しては、信じてもらって構わない。実際に願いを叶えた聖女さんを知ってるからな」

「マジ!? んん……、じゃあ、まぁ、取り合えず納得しとく。でも……」


 聖女さんの顔付は一向に晴れない。

 少しでも安心して欲しくて、俺は小皿に小ぶりのケーキをいくつか乗っけて聖女さんの前に差し出した。


「ま、安心してくれ。司祭殿たちの状況が落ち着くまで王都に滞在することにはなるが、君は俺が必ず守る」

「オジサン……ありがと。でも、オジサンよりあの大神官サマに守ってもらいたいかも~」

「あっ、そんなこと言うとケーキやらんぞー」

「あーっ、待って待ってごめんって~!」


 お皿をひょいっと取り上げると、聖女さんはけらけらと笑いながら手を伸ばして来てくれた。

 どうやら軽い冗談が言える程度には元気が出たみたいで安心だ。

 向かいの席で俺達のやり取りを見ていた女王様が、やわく微笑んだ。


「聖女様。我々も全力で貴女をお守りいたします。貴女はこの星にとって、なくてはならない御方ですから」

「あっ、ありがとうございます……!」


 少し照れた様子で聖女さんが頭を下げた。

 そんな聖女さんの前にそっとケーキの乗った小皿を差し出して、俺もようやく一息ついた。



 暫くしてお茶会はお開きとなり、聖女さんは女王様に連れられて城内に姿を消した。

 聖女としての仕事。つまりは祈りに関してのノウハウを伝えるとのことだ。


「女の子同士でしか話せない事もあるんだから、クラちゃんはついて来ないでちょーだい!」


 なんて女王陛下直々に言われてしまっては、ハイ分りましたと言うしかない。

 いや本当に。幾つになってもこんな調子なんだよ、あの女王様。

 まぁ、城の中の警備は厳重で、何よりも俺以上に女王様の周囲に目を光らせている者がいる以上、二人きりにしても問題はないだろう。


 一人になった俺は、メイド達が庭園の片付けを終えてもまだこの場に残っていた。

 しんと重たい沈黙が訪れて、俺はふっとため息を一つ吐き出した。


「出て来いよ。もう片付けも終わってンだ。暴れたって迷惑にはならんだろうさ」

「――、やはりお見通しですよね」


 正面の空気が揺らぐ。

 十メートルほど離れた何もない空間に、突如として幾つもの光の粒子が現れた。あっという間に増えた光の粒は人の形を作り、溶けるように消えていく。

 光の消えた後に残されていたのは大神官だった。

 

「そりゃなぁ。ずっと圧を掛けられていたら、誰だって分かるだろうさ」

「あれ? 圧、消しきれていませんでしたか。僕もまだまだですね」


 全くそんなこと思っていないだろって顔をした大神官が、杖を構え直す。杖の先端をこちらに向けて、大神官はふっと笑った。

 何とも憎たらしい、それでいて挑発的な顔に、思わずこちらもテンションが上がってしまう。


「女王陛下からお聞きになった通り、今の王国、そして聖女様を巡る状況は良いとは言えません。僕にとっては女王陛下とこの国が何よりも大切です。しかし、同等に聖女様もまた大切な御方。だからクラトスさん、貴方が真に聖女様の護衛足り得るか、試させていただきます」

「やっぱりそうなるか。いいさ、相手するよ」


 鞘に左手を添え、右手で剣の柄を握る。

 剣を鞘から抜くと同時に、向けられていた杖の先端が激しく光った。光の出所は杖に取り付けられたクリスタルだ。魔力増幅装置の役目を果たしていると見える。


 閃光を目にすると同時に、俺は慌てて右足で地を蹴り横に飛んだ。

 俺が立っていた場所に一筋の光が走る。

 すれ違いざまにジッ! と髪の先を焼く音がして、次いで轟ッと耳をつんざく爆音が響いた!


 背後を見れば、大神官が構えた杖の直線上にある壁から土煙が上がっていた。おいおい、随分高出力の光線だな!?


「余所見なんて余裕ですね」

「ッ!」


 正面を向くと、既に俺を捉えた杖の先端が再び光を放っていた。

 またしてもビームかと身を低くして跳ねて避ける姿勢を取るが、今度は違う。丸く膨らんだ光が弾けて、幾つもの小さな光弾となって射出されたのだ。

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