最終話 ふたたび、共に
聖女さんが去ってから、三年が過ぎた。
新たな聖女さんはすぐに召喚され、今は彼女の護衛を務めている。
タマもイザヨイもすぐに新しい聖女さんに懐いてくれて、相変わらず聖女の護衛に励んでくれていた。
聖女の祈りを浴びて星は日々、穏やかな姿を俺達の前に見せ続けている。
今日はたまの休みにと、久々に家に戻った。木造の家は、長い時間の中で傷つき綻びを見せ始めていた。補修作業を何度も繰り返しているが、そろそろ限界かもしれない。
一度取り壊し、立て直すか。その場合、家財道具一式はどうする? 塔の倉庫にでも置かせてもらえないものか。そんな事を考えていると、不意に背後に人の気配を感じて振り返った。
「……ビー……チェ?」
最愛の妻の名が勝手に唇から零れ落ちた。
我が目を疑うとはこの事だろう。
目の前に女性が立っている。後頭部で丸く一纏めにされた柔らかな茶色の髪。身に纏っているのは、厚みのある生地で作られたシンプルな黒のワンピース。浮かべた柔らかな笑みは、記憶にある彼女と寸分変わらなくて……!
「あなた。ただいま。ずっと一人にして、ごめんなさい」
「本当に……君なのか? どうして……」
鈴を転がすような音色の声色に、感情が激しく揺さぶられる。
二度と耳にすることは無い筈の声が、また。
しかし死者は蘇らない。死者であるはずの彼女が此処にいるという現実が、俺にはどうしても受け入れられない。
すると目の前の彼女は困ったように笑って、自ら俺に近寄ってきた。
目と鼻の距離で止まり、彼女は俺を見上げる。くりくりとした大きな瞳はまごうことなくビーチェのそれで、俺は益々混乱を覚えた。
「正確には、私は元々の私ではないわ。彼女の願いで生まれてきた転生体……と言ったところかしら」
「転生体……彼女? ……っ、まさか……!」
脳裏にサクラの姿と言葉が過る。
――長生きしてね、オジサン! なんか良いこときっとあるよ!
まさか。サクラは神への願いを、俺の為に使ったというのか……?
「あなたの考えている通り。彼女は神に、聖女ベアトリーチェを生まれ変わらせて。と願ってくれたのよ」
「どうして……貴重な神への願いを……」
「それほどに感謝していたのよ。あなたに、深く」
駄目だった。込み上げてくるものを堪える事が出来なかった。
自然と目から溢れる涙を溢し、情けなくも肩を震わせてしまう。嗚咽だけは噛み殺すが、ぐっと喉の奥が鳴いてしまった。
「私は私の記憶と感情、全てを引き継ぎ生まれて来たわ。でもこの肉体は聖女ベアトリーチェの物ではない。不完全な私でも、あなたの側にいても良いですか?」
そっと伸びてきたビーチェの指先が、俺の頬を滴る涙を拭う。
その手に手を重ね、頬に強く押しあてる。感じるぬくもりに、俺はただただ頷くばかりだった。
「ただいま、あなた」
「おかえり、ビーチェ」
互いの存在を確かめる様に抱きしめ合う。
伝わるぬくもりが、今ここに生きている事を強く証明するのだった。
終
これにて完結です!
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!




