073 自由
暗黒の大地に瓦礫の山がそびえ立つ。
魔城は原型を留めずに崩れ去っていた。最早、魔物の王の玉座はそこには無い。
湿った風が吹く中、瓦礫の山が揺れた。ぼろぼろと破片を落としながら瓦礫が動き、その中から人影が姿を現す。
「あ゛ァ、ア゛……全く、死ぬところ……デシタ、ヨ……」
現れたのは全身に傷を負い、見るからに瀕死の重傷といった様子のニュームーンだった。身に着けた衣服は裂けてほつれ、やつれた見た目に以前の威厳は感じられない。しかしその瞳には、未だに強い野心の光が宿っていた。
「はやぐ……回復シテ、クレセントさァんと聖女ヲ、殺しテあげませんとネェ……!」
ぎらぎらと二人への殺意に燃えるニュームーンは、重たい体を引き摺るようにして瓦礫の山から這い出る。その頭上に影が掛かり、ニュームーンはゆるく頭を上げた。
「あ、ア! オーガさァんジャありまセンカ! アナタも無事だったンデスネ……」
オーガは何も言わずにニュームーンを見下ろしていた。おもむろに右手を差し出すと、ニュームーンの頭を鷲塚む。その手には傷がついていた。手の平から肩までを縦に裂いた様な、大きな傷だった。
鷲塚んだニュームーンの頭を引っ張り、瓦礫の山から引き抜くと、オーガはニュームーンを掲げたまま静止した。
「た、助けてくれるのハ、嬉しいデスガ……些か乱暴デスネェ!」
「道化よ。貴様は罪を償わねばならぬ」
「罪ィ? 何デス、藪から棒二」
「我が弟子を惑わした罪。ここで清算して貰う」
オーガの手に力が籠り、ギチギチと万力の様にニュームーンの頭を締め上げる。
「イデデデーッ! 待って下サイヨ! だってアナタ! 別にタルフさァんなんてどーでも良かったデショウ!? アナタも! クレセントさァんを罠にハメる為に、タルフさァんを利用するおつもりだったのでショウ!?」
「……道化よ」
「だァッて! そうでもなければ、アナタがクレセントさァんの弟子を引き取るなんて、理由がないでショウ!」
めきょっと奇妙な音を立て、オーガの五指がニュームーンの頭蓋にめり込む。
「ギャー!! どうしテ! オーガさァん!?」
既に魔力も底を尽いていたニュームーンには、オーガの純粋な力による拘束から逃れる術がない。ニュームーンはこの先に待つ末路を想像し、必死にもがいた。
「そ、そうデス! オーガさァんが次の魔王になりまショウ! オーガさァんなら良き魔王にィ」
ニュームーンの言葉は最後まで紡がれる事なく、骨が破壊される音に掻き消された。
オーガの五指が頭蓋を砕く。ニュームーンの頭は呆気なく破壊され、それからニュームーンが言葉を発する事は二度となかった。
頭蓋から手を離し、落ちたニュームーンだったものを見下ろす。
――道化には分かるまい。友の残したものを引き取る。その心情は。
胸の内で溢し、オーガは前を見据えた。
視界に映るのは、支配者を失い今まで以上に荒れ果てた大地だった。オーガとニュームーンのやり取りを魔物達がひっそりと見つめていた。瓦礫に隠れ、岩山に隠れ、息をひそめ。
行き場を失った魔物を前にして、オーガは声を張り上げた。
「同胞よ。我らは自由である」
シンプルな一言が渇いた大地に響く。
様子を伺っていた魔物が姿を現し、オーガの前で声を上げる。
「オォォ……ウオォォォオオォッ!!」
叫びながら拳を振り上げる魔物が現れると、一体、また一体と姿を現し拳を突き上げる。
元来魔物とは、縛られない存在だ。フルムーンの力による支配からの解放。それが魔物達に本来の在り方を取り戻させていく。
魔物が本来の自由を取り戻したことで、彼らはこの星に散り散りになって生きていくだろう。
そこから先、彼らがどう生きていくのかは分からない。争いか、共存か。
広大な世界に散らばっていく彼らに、オーガは無限の自由を感じるのだった。




