071 オジサン曰く、なべて世はこともなし
瓦礫の山から這い出た後は、それはもう大騒ぎだった。
全身ズタボロの俺を見て、聖女さんとルナーが悲鳴を上げ、顔を真っ青にしてしまった。
「オジッ、オジサン! まずいって! お腹! 顔ぉ~!」
「お前ッ、お前早く回復魔法をかけなさいっ! 死ぬっ! クレセントが死んじゃう!」
自分よりも慌てている人が居ると、逆に冷静になれるので助かる。
確かに半死半生の怪我ではあるが、今すぐ死ぬという訳では無いので落ち着いて欲しいと伝えると、逆に物凄く怒られてしまった。どうして……。
「俺の事よりもだ。女王様と司祭殿はどうした?」
お前が守っているんじゃなかったのかと尋ねると、イザヨイはバツの悪そうな顔をした。
「女神の頼みで守護していたが、凄い剣幕で貴殿の所に行けと命じられてしまい……その余りの迫力に気圧され来たので、二人の事は分からない」
「そうか……。すまなかった。あの二人は人類の中でも特に気の強い存在なんだ。怖かっただろ」
「おい。誰が強気で怖いだと……?」
地の底を這う低い声が、崩れかけた出入り口から響く。
振り向けば、腕を組んだ司祭殿と女王陛下の姿があって思わず笑んでしまった。
「よかった! 無事だったか!」
「当たり前だ。人類の中でも特に気が強い存在だからなァ?」
「スミマセン……。でも、本当に良かった。女王様も動けるんだな?」
「えぇ、特に気が強い存在ですから」
「スミマセン……」
凄い圧を感じて身が縮こまる。
けれども倒れた司祭殿も、魔力を奪われた女王様も無事であったことは、素直に喜ばしい事だ。
聖女さんも加わって無事の再会を喜ぶが、これが少しばかり早かった。
全員が揃ったタイミングを見計らったかのように足元が大きく揺れて、その振動に思わず足が前に出る。轟々と地鳴りの様に響く音に、俺達は青ざめた顔を見合わせた。
「まずいな……。崩れるぞ、これは……!」
「ヌエ! すぐに転移の魔法を組めるかしら!?」
「やるしかないだろう!」
女王様と大司祭殿が急ぎ、転移の魔法陣を足元に作り出す。
この人数の転移となれば、いかに上位の魔法使いである二人が協力したとしても、そう遠くへは行けないかもしれない。何よりも、疲弊しきった二人だ。放つ魔力にいつものキレが感じられない事が気掛かりだ。
更に大きく足元が揺れ、ふらつく聖女さんとルナーを抱き止める。
「崩れるぞ!」
一際大きなイザヨイの声に周囲を見渡せば、耳を劈く大きな音を立てて、周囲の外壁が崩れ落ちていくのが見えた。ぱらぱらと頭上に降り注ぐ破片に顔を上げれば、大きくヒビの入った天井がずるりと落ちてくるのが目に見えた……!
剣を抜いて斬らなければ!
しかし一度気を抜いた体は痛みを認識した為か、鉛の様に重く動かない。
イザヨイが剣を構え振るおうとするも、天井どころか足元まで崩れてしまい……!
「クソ……ッ!」
足元が大きく崩れ、バランスを崩す。
大きく沈んでいく床に、崩壊は目前だと理解してしまった。
女王様と司祭殿も大きくバランスを崩しながらも、魔方陣を必死に作り上げている。だが、完成よりも僅かに足元の崩壊が早かった。
「チィッ! あと少しだと言うのにッ!」
「諦めないで! まだっ、まだです!」
「やだやだー! 折角魔王倒したのに、こんなのってなーい!」
地面を失い突然宙に放り出され、気持ちの悪い浮遊感に襲われる。
しがみ付いてくる聖女さんとルナーを抱きかかえ、落下に衝撃に備えて身を縮こませるも、怪我を負った身体でどこまで衝撃を殺しきれるか分からない。じわりと滲む汗が瞼を伝い、たまらず瞬きをする。
その瞬きの間に見える景色が一変した。
瓦礫と化していく魔城の壁も天井もどこにもない。
目に映るのは、青空だった。
「なんだっ!?」
遅れて荒げた声が出て、次に背中にドンッと衝撃が走る。
どうやら地面にぶつかったらしいが、思った以上に衝撃は少なくて目を丸くする。身動きが取れず空だけを見上げているが、この景色には見覚えがあるぞ……?
俺から身を離した聖女さんとルナーもきょとんとした顔をして、無言のままに周囲を見渡している。頭を横に向けて見れば、女王様と司祭殿、ついでにイザヨイの姿もあって、あの場に居た全員が瞬間的にどこかへ飛ばされたのだと理解する。
「ご無事でしたか、陛下!」
張り詰めた声を上げながら女王様に駆け寄る人影に、聖女さんが大声を上げた。
「大神官サマ!? ってことは、やっぱりここ、お城!?」
「そう、みたいだな」
窮地を脱した現実に、安堵の息が盛大に漏れる。
どうやら女王様と司祭殿による転移魔法は、寸でのところで組み上がっていたみたいだ。それをカイルがこちら側から補助をして、庭園に導いた……という所だろう。
「どうにか……成功したみたいね」
「はい。全員、無事です。女王陛下の危機にも関わらず、助けに向かえず申し訳ありませんでした」
「いいのよ。貴女まで魔城に来てしまえば、王都の守りが手薄になってしまいますから」
「しかし、御身をこの様な危険に晒したのは僕の失態です。……元を辿れば僕の転移が不完全であったばかりに、聖女様達を魔城へ向かわせてしまった事が発端と言えるでしょう。全ては、僕に責任があります」
「そんな事はない」
あまりに生真面目なカイルを見かね、体を横たえたまま口を挟む。眉根を寄せた沈痛な面持ちに、お前がそんな顔する必要は無いと語り掛けた。
「あれは多分だが、エクリプスの仕業だ」
「前代魔王の、ですか?」
「ああ。俺にはアイツが呼んだように思えてな」
都合の良い話だが。と付け足して苦笑する。
大神官と大司祭という強力な魔法使いによる魔法を阻害できるほどの実力者となれば、その対象も大きく絞られるというものだ。けれどもフルムーンとニュームーンの反応を思い返せば、あの二人が転移の阻害をしたとは考え難い。
あの二人に気が付かれず、俺達を魔城に呼び出せるほどの実力者を俺はエクリプスくらいしか知らない。砕け散った魂が一塊になりつつあって、力も戻っていたのだろう。
剣の柄を握ったエクリプスの幻影が、俺にそんな世迷言の様な想いを抱かせる。
望まぬ復活からの解放。
アイツはそれを望んでいたのではないかというのは、やはり俺の抱く勝手な幻想だ。
「だから、お前があの転移に関して責任を感じる必要は無いよ」
「……ありがとうございます。少し、気が楽になりました」
「それは良かった」
結果として、こうしてみんな無事に戻って来られたんだ。(イザヨイも一緒に着いて来たが、コイツは聖女さんが居れば問題ないだろう)何と言ったか、この状況を。あぁ、確か、なべて世はこともなし、だったか。
いつかビーチェが言っていた言葉を思い出す。
「クラトス様?」
「ヤバ! オジサン、お腹に穴空いてるんだった!!」
「クレセント! 目を閉じるんじゃないわよっ、クレセント!」
あぁ、何か耳元がとても騒がしい。
けれども今はとても眠いので眠らせてもらおう。王都なら聖女さんもルナーも安全だ。そう思えるからこそ、意識は簡単に俺の体から離れていった。




