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070 オジサンはまだ死ねない

「うわ……っ、何な!? ペンライトみたいになってんじゃん!」


 ペンライトが何かは知らないが、聖女さんが驚くのも無理はない。

 剣の輝きは眩しく周囲を照らし出す程だ。

 柔らかな眩しさは目に優しく、直視していても辛くはない。強く光りながらも、心に温かさすら灯す様な光に魅入られる。


「聖女さんの力を受けて、剣が聖剣と化したんだ……」

「聖剣!? 伝説の!?」

「いや、伝説かどうかは分からないが……少なくとも、最強の武器を手に入れたよ」


 柄を握る手を介し、強烈な聖なる力を感じ取る。

 三十年前に宿した力と同等のそれは、銀の十字架によって聖女さんの魔力が増幅された結果だろう。半身が魔物である俺にとっては痛みを伴う力だが、これにより魔王の首を斬る確信を得た。


「ルナー! このまま、聖女さんとお前を守る防御壁を張り続けられるか?」

「やるわ!」


 背後から返ったルナーの力強い声に安堵して、正面の魔王を見据えた。

 無機質な顔をして、瓦礫の山で魔王は俺を……いや、俺の持つ剣を睨みつけていた。覚えているのだろう。かつてこの剣に斬られた事を。


 魔王の左手がゆるりとした動作で上がり、叩きつけるように勢いよく振り下ろされる。バァンッ! と強烈な音を立て、ルナーの張る防御壁に強い衝撃を加えた。

 衝撃にルナーと聖女さんから短い悲鳴が上がる。

 上から圧し潰さんと圧を加える見えない壁を再び剣で切り裂いて、俺は防御壁内から飛び出した。


「オジサンッ!」


 聖女さんの絶叫にも似た声を背に受けながら、地を蹴り進み続ける。

 目に見えて歪み、ひしゃげる空間を切り裂いて、無造作に飛び交う光弾を叩き割る。

 魔王の敵意の全てが俺に向き、過剰なまでの攻撃にさらされた。


 捌き切れない光弾が顔面に直撃し、右目を潰す。

 切り裂き切れない空間の歪みが俺の腹部を食い千切る。

 流血箇所がやけに熱いが、それでも足を止める訳にはいかなかった。


 肩を抉られても、剣を握る手に込める力は抜かない。


 守る為に剣を振るう。それだけが全てだ――!



 瓦礫の山に座する魔王の眼前まで跳躍する。

 紅い瞳と視線が重なり、互いだけを瞳に映しながら俺は剣を振り上げた。

 短く息を吸い、ふっと吐き出す。

 魔王を前にして不思議と肩の力は抜けて、振り下ろす剣は自然な力の流れで落ちていった。


 するりと流れる様に。


 呆気ないほどに魔王の首は真横に断ち切られた。

 剣が放つ眩い光が、胴体から分かたれた首を照らし出す。

 その顔を見て、俺は震えながら我が目を見開いた。


 顔面に浮かべた柔い笑みは、俺の知るエクリプスそのものだった。

 その瞳の赤色は凪いだ色をしていて、どこか満足げにすら見えた。


 もはや眼前の魔王に、真の意味でエクリプスの意志が備わっていたのかは分からない。


 混ざりあった紛い物。けれども魂は確かにエクリプスのものだった。


 ならばと剣を引いて構え直し、魔王の心臓に一撃。突き立てた。

 突き刺した途端、パキンと何かが弾ける音がする。

 魂が壊れたのだろうか。だが、壊れただけでは駄目だ。



 粉微塵に消し飛ばさなければならない。



「う、お、おぉぉぉおお!」


 剣の放つ光ごと、魔王の体内に剣を根元まで埋め込んでいく。

 聖なる光が魔王の体内に満ちていく。

 内側から魔王の肉体を食い破る様に光は強烈な輝きを放ち、剣の柄まで完全に埋めきった、刹那。爆ぜる爆音と強烈な発光現象を伴い、魔王の体から光が溢れ出た。

 剣の埋まった魔王の肉体を中心に、風が荒れ狂う。


「うぉっ……!」


 強烈な光と暴風の前に、まともに剣を握っていられなくなる。

 そもそも魔王に突撃する際に追ったダメージが大きすぎた。

 まるで指が一本一本丁寧に剥がされていくように、剣から手が離れていく。


 手放していいのだろうか。

 本当に魔王はこれで討てたのだろうか――?


 不安に駆られる中、手に何かが触れる感触を覚える。

 目が眩む光のなか自身の手を見れば、誰かの手が重なる幻影が見えた。


 俺の残った指を柄から剥がし、その手は代わりに剣を握る。

 まるでこの剣は一緒に貰っていくよと言わんばかりの有様に、俺はその手が誰の手であるかを知る。



「エクリプス……」



 そこにかつての友として過ごした日々の姿を見るのは、あまりにも都合の良い幻覚だろう。

 都合の良いついでに祈らせてくれないか。

 今度こそ、どうか永久(とわ)の眠りについてくれ。

 お前の首を二度も刎ねた俺にそんなことを願う資格はないだろうが、それでもどうか、二度と蘇る事が無いようにと俺は剣を完全に手放した。




 体が地面に向かって落ちていく。しかし受け身を取る気力すらない。


(だが……まだ死ねない……!)


 視界の端に聖女さんとルナーの姿を捕え、空中で身を捩じった。

 まだ俺の仕事は終わってはいない。二人の元に戻り、二人を無事に地上へ返す。

 守る事。それが俺の仕事なのだから――!


 頭を抱えて歯を食いしばりながら、瓦礫の山の中に落ちていく。

 瓦礫が体を切り裂き、衝撃が骨に響く。

 落下の勢いのまま、瓦礫の山の中腹まで埋まったところでようやく止まり、俺は細く長い息を吐き出していた。

 生きてはいる。生きてはいるが、大分死にそうだ。

 どうやってここから出ようか。

 もう指先一つ動かすのも億劫だ。というよりも、瓦礫に囲まれ身動きが取れないと言った方が正しいか。


 しかし泣き言を言っている場合ではない。

 瓦礫で組み上がった壁の向こう側から声が聞こえてくる。

 はっきりとは聞き取れないが、聖女さんとルナーが何かを叫んでいる事だけは分かった。

 早くここから出ないと…!


「オジサン! 動かないで!」


 ン? なんて?

 瓦礫の壁を貫通して響く聖女さんの声に驚いて、奇しくも指示通りに動きを止める。

 次の瞬間、瓦礫に埋まった俺の真上を一陣の風が吹いていった。

 風を感じて瞬きをすれば、轟ッと音を立てて唐突に瓦礫の山が吹き飛んだ!

 突如として開けた上部から差し込む光に驚きながらも、助かったと身を捩る。

 瓦礫の山の上部は綺麗に吹き飛んで、俺は難なくその身を外気にさらすに至った。


「オジサーンッ! 無事!? 大丈夫!? 生きてる!?」


 ワッと声を上げて、聖女さんがこちらに駆け寄ってくる。

 危ないから止すんだと思ったら、どうやら同じことを思った男が聖女さんの腕を掴んで止めてくれた。剣を手にした男……イザヨイを見て、この状況に納得が出来た。

 流石、イザヨイだ。瓦礫の山を斬り裂いてくれたらしい。


「すまん、イザヨイ。助かった」

「貴殿の為ではない。女神の頼み故にだ」


 どこまでもブレないイザヨイに、頼もしさすら感じてしまう。

 そして己の悪運の高さにも、また呆れた様に苦笑してしまうのだった。


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