069 オジサン達の覚悟
背に灼熱の塊を感じる。
じくじくと焼け爛れる痛みに眉根を寄せ、腕の中に抱いたルナーに視線を落とす。
呆然とした顔をして、ルナーは俺を見上げていた。
一体俺は、何度この子を泣かせれば気が済むんだろうか……。
「怪我、無いな……」
「怪我はお前がっ、お前がしてるじゃない……!」
「気にするなよ」
ルナーが無傷である事に安堵する。
そろりとルナーを放して立ち上がり掛け、再びの閃光に目を細めた。
まずい、次の攻撃が来る……!
剣を構えて振り返るも、背の痛みで一瞬反応が遅れる。
魔王の攻撃の前にこの一瞬の遅れは命取りだ。
再び光弾に焼かれる未来を想像するも、その予測は更なる光に掻き消される。
魔王の光弾を真横から、もう一つの巨大な光弾が撃ち抜く。
光と光の衝突は、魔城全体を染めるのではないかという程の発光現象を引き起こした。
弾けて消えた光の中、魔銃を手にした聖女さんが俺の正面に駆け寄ってくる。
魔王と対峙するように俺の前に立った聖女さんは、制止する間もなくぴんと伸ばした人差し指を魔王へ向けて突き付けた。
「アンタ何なの!? ルナーのお兄さんの姿でっ、ルナーに酷いことすんな!」
断言する聖女さんの、魔銃を握る手が震える。
怒りか、恐怖か。或いはその両方が聖女さんを突き動かしているのだろう。
聖女を前にして魔王の動きが止まる。その顔には僅かに怒りの様なものが浮かんでいた。
「聖女とは、いつの時代も煩わしいものだね」
「うっさい! ルナーがどれだけお兄さんのコト好きか知ってやってんでしょ、サイテー!」
「……君は何か勘違いしているね。僕こそ君の言う、ルナーの兄だよ」
「ンなワケないし! 死んだ人は生き返らないんだから!」
聖女さんが上げた張り詰めた声に目を見張る。
死者は蘇らない。それは魔物であっても絶対の不文律だ。
当たり前のことを当たり前に叫ぶのその姿に俺は何故か、胸が締め付けられる思いがした。
「待ってて。すぐ治すから!」
振り向いた聖女さんが手をかざし、急ぎ回復魔法を俺にかけてくる。
しかし回復を待つほど、魔王は甘くはない。
両腕を横に大きく広げた魔王は、その身に魔力を集め出す。
膨大な魔力が魔王に集まり、場の空気が歪む。臓腑を鷲掴まれるような強烈なプレッシャーを前にして、俺は魔法を使役している聖女さんを背に庇った。
「ちょっ! いきなり動くと集中できない!」
「回復は後だ、デカいのが来る!」
「駄目だよっ! 背中の怪我、ひどいんだよ……!?」
回復魔法が途切れた途端に痛みが走る。
けれども魔王を前にして泣き言を言っている暇はない。
指先までぴんと伸びて開かれた魔王の手の平が、グッと握り込まれる。
ぐぉん、と音を立てて、辺り一帯の空気が震える。
触れてもいない周辺の壁が崩壊し、足元の床に亀裂が走り出す。
床に落ちた破片が粉々に砕けて消えて、跡形もなくなったことに気が付いた。
肌に感じる何かが迫る感覚。
見えない壁が、しかも高い破壊能力を持って迫ってきている……!
(手を握り締める事で、空間を握り潰したのか……!)
分かったところで対処の仕様がない。
俺には防御壁は張れず、聖女さんも同じだ。
どうする? 俺の魔力を爆ぜさせれば、見えない壁を弾き返せるのか――!?
崩壊は目の前まで迫ってきている。悩んでいる暇はない!
「伏せてッ!」
凛と響くルナーの声に、咄嗟に聖女さんを抱えて身を屈める。
両腕を真横に大きく広げ、手の平を外に向けたルナーの周囲に防御壁が展開されていく。やわく光りながらドーム状に広がる防御壁は俺達を内包して広がり、見えない壁からの攻撃を防いでくれた。
「早く回復させて! そんなに保たないから……っ!」
「分かった! ありがと、ルナー!」
即座に聖女さんが回復魔法を再開させる。
温かな光が傷を癒していく中、フルムーンに魔力を奪われたルナーが何故、魔力を行使出来るのかという疑問が脳裏を過る。
肉として取り込んだフルムーンの能力なのか、現在進行形で魔力の奪取は継続している。元々魔力量がゼロになったルナーでは、プラスに転じることは無い筈だ。ではどこから魔力を? 今はそんなことを気にしている場合ではない。
けれどもまさか。
自死できない呪いを逆手にとって、その命を燃やそうとしているんじゃないのか……?
「ルナー……っ」
「いいからっ! お前はあの紛い物を倒して! 絶対に! 死者は……蘇らないのだから……!」
絞り出すような声は、ルナーが目の前の魔王を兄ではないと受け入れた痛みそのものが吐き出された様だった。
ルナーの必死の叫びに呼応するかの様に、防御壁がより強い輝きを放つ。
迫る見えない壁との相殺で弾けた輝きが、聖女さんの頭上に降りかかる。聖女さんはそれを気にも留めず、回復魔法を使い続けていた。
不意に雫が落ちる。
真剣な顔をした聖女さんの瞳から、大粒の涙が零れていた。
「そうだよ……死んだ人は、蘇らないんだよ……っ」
それがどんなに愛しい相手であれ。
それがどんなに会いたいと願う相手であれ。
言外に置かれた言葉に、聖女さんの抱える痛みが見えた。
そう思った途端、キィンと甲高い音が響く。
「え……っ」
小さく声を上げた聖女さんは、視線を胸元に落とす。
視線の先を追えば、白銀の輝きが聖女さんの胸元を照らしているのが見えた。
「なんだ……!?」
「これっ、十字架! 女王様から貰った、あの!」
聖女さんから放たれる回復魔法の出力が、異常なまでに上昇する。
既に俺の怪我は癒えているのに、聖女さんの魔法は止まるどころか更に強さを増していた。
有り余る力は防御壁の中であらぶり、ルナーの全身をも包み込む。
「ちょっとっ!? 私まで回復してどうするのよ!?」
「分かんないよ! 止まんないんだよー!」
最早自分でも制御不能になった魔力に、聖女さんは目を白黒とさせている。
「聖女さん!」
力に戸惑う聖女さんの両手を強く握り締めた。
銀の十字架から発せられる清廉な光は、尚も強く輝いて、俺を飲み込んでいく。
(この光景。以前にも……)
強い光の温かさに、三十年前の光景が蘇る。
あの日もこうだった。
俺とビーチェ、そしてエクリプスによる決戦。ビーチェの全力の魔力を受けた俺の剣は、彼女の聖なる力を纏い神々しく輝いたのだ――。
剣先を真横に走らせる。
ルナーの防御壁を残し、魔王が押し付ける見えない壁だけを切り裂いた。
掲げた剣は、白銀の光を纏う聖なる剣と化していた。
あの日、魔王エクリプスの首を斬り落とした時の様に。




