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067 オジサンと魔王

 急に何かに弾かれる様にして、司祭殿の体が後方へ飛んだ。

 唇から赤い血を流し、声を上げる暇も無く司祭殿がその場に倒れた。


「司祭殿ッ!」


 フルムーンの攻撃を受けた事は考えるまでもない。

 しかしフルムーンは指先一つ動かしていないのだ。

 急激に湧いて出た危機感から剣を強く握り締め、一足飛びにフルムーンの前に飛び出る。


 勢いを乗せた剣で、斜め上から袈裟に斬る。

 せめて元聖女の肉体だけでも持ち帰りたいと願った司祭殿には悪いが、一刀両断にするつもりで剣を振り下ろす。が……。


「く……ッ」


 玉座に座ったまま掲げたフルムーンの左手の甲に、剣はいとも容易く止められてしまった。


「魂を寄越せ」


 フルムーンの顔がこちらを向く。

 向けられる深紅の瞳の視線を、咄嗟に横に構えた剣で拒絶する。

 ぐぉんと体に圧が掛かり、勢いよく体が後方に弾かれた。

 両足の裏で地面を削りながら必死に衝撃に耐えるも、フルムーンとの距離はあっという間に離されてしまった。


「あと一つ」


 フルムーンが呟く言葉にハッとして胸元を見る。

 馬鹿な! 首からぶらさげていた、魔王の魂の欠片がない……!

 もう一度フルムーンを見れば、手に持つ二つの紅い欠片が、胸元に吸い込まれる様にして消えていくのが見えた。

 あれは俺の持つ欠片と、先ほど倒れた司祭殿の持つ欠片に違いない。

 チェーンを首から抜き取られた感覚など、微塵も感じなかったというのに……。


 おもむろにフルムーンが女王様に手を伸ばす。

 瞬時に発光を始める手の平を視界の隅に見て、俺は急ぎ女王様とフルムーンの射線上に割って入った。

 フルムーンの手の平から一筋の細く鋭い深紅の光線が放たれたのは、それからすぐの事だった。

 先程と同じように剣を横にして構えて防ぐも、その威力は見た目以上に絶大だ。

 勢いに負けて剣を弾かれて、じんと手が痛んだ。


「逃げろ! アンタの持つ欠片が奪われたら終わりだ!」

「分かりました……っ」


 女王様は急ぎ転移の魔法を使いだすも、どうにも様子がおかしい。

 どうしたのかと振り返れば、青褪めた顔をして口元を手で押さえていた。


「……魔力が、奪われています! 転移魔法を組み上げられない……!」


 再度復活した魔力奪取の攻撃に愕然としている間もなく、フルムーンは次から次に攻撃を繰り出してくる。

 本数を増す光線は雨の様であり、気が付けば俺と女王陛下のみならず、この玉座の間全体が射出を控えた光線で埋め尽くされていた。空中に留まり、発射の時を待つ光線はまるで光の針の様だった。


 司祭殿は倒れたまま動かず、聖女さんが今も必死に回復魔法をかけている。

 イザヨイは剣を支えにかろうじて立てているが、継続して魔力を奪われ続けている為か、とてもではないがその剣を振るう事は難しそうだ。ルナーもまた同様に苦しげな様子で座り込み、フルムーンを睨み続けていた。


 一人で全員を守りながら、この攻撃を凌がなければならない。

 俺自身も魔力は奪われ続けている。

 猶予はないと判断して、俺はそっと背後の女王様に声を掛けた。


「ここに居る全員が入れる程度の防御壁、作れるか?」

「まだ残っている魔力を集めれば。けれども、この魔力が乱れた状態では耐久力を持たせることは難しいわ……」

「一度でいい。一度の攻撃に耐えられれば、その間に俺がなんとかする」


 女王様が頷いたのを確認して、剣を鞘に納める。

 足を大きく開き、前傾姿勢を取る。低く、身を低く沈め、両足の筋肉に残っている魔力の全てを注ぎ込む。今まで剣に魔力を纏わりつかせていたが、それの応用だ。

 深く深く息を吸う。細胞の隅々まで魔力を行き渡らせろ。


「魂を寄越せ」


 静かに告げられた死刑宣告にも等しいフルムーンの言葉と同時に、吸い込んだもの全てを一息に吐き出した!

 踏み付けた地面が音を立てて崩れていく。

 張られる女王様の防御壁から飛び出し、俺は一直線にフルムーンの懐に飛び込んでいく。


 剣を鞘から抜き、玉座ごと斬るつもりで振り抜く。


 真横に一閃、上半身と下半身を絶つ。


 返す剣をフルムーンの胸元に突き立てて、一気に床へ押し付ける!

 崩壊した玉座を巻き込んで、足元の床が崩れ落ちていった。


 攻撃を防がれてしまうのなら、防ぐことの出来ない速さで斬りつけてしまえば良い。

 ひどく単純ではあるが、それが俺の出した結論だった。

 速度を出す為、両足に掛かる負荷が凄まじいものになったが、気にしている場合ではない。フルムーンと瓦礫ごと落下していく最中、背後の攻撃音が止んだ事に気が付いて安堵する。


 一つ下の階への落下は一瞬だった。

 大きな衝突音と土煙が上がり、その中で俺は剣を突き刺したフルムーンを眼下に見ていた。

 落下の衝撃でどこかへ下半身が吹っ飛び、上半身だけになったフルムーンは、痛みなど感じていない様な顔で赤い目を見開いていた。胸元に突き入れた剣を更に深く刺すも、何も感じていないその様に恐ろしさが降って湧く。


「得た」

「……なに?」


 フルムーンが手を左手を掲げる。

 そこに握り込まれた欠片を見て、息が止まる思いに駆られる。


「……囮、だったのか! さっきの派手な攻撃の合間に、お前は既に女王から欠片を奪っていた……ッ!」


 フルムーンの魔力を奪う力を使えるのは、その肉体がフルムーンのものであるからと考えられる。

 そして司祭殿と俺から一切気が付かれる事なく欠片を奪って行く事が出来たのは、ニュームーンの血と命により、空間を操る力を得ているから――! クソッ! 気が付くのが遅すぎる!


 手を伸ばし欠片を奪い取ろうとするが、欠片はあっという間にフルムーンの中に溶けて消えていった。


 一瞬の沈黙。

 しかし激しい揺れを伴う衝撃はその直後、すぐに訪れた。


 フルムーンの目が大きく見開かれ、眩しい光と高熱を放つ!

 あっという間に焼け焦げてしまうのではないかという程の熱量を前にして、俺は慌てて剣を引き抜き足を引きずるようにして背後に飛び退いた。


 瓦礫の山の上に、フルムーンが浮かび上がる。

 フルムーンを赤い輝きが飲み込んでいく。

 フルムーンを飲み込んだ光は人の形を作り、それは瓦礫の山の上に降り立った。


 現れたのは、背の高い細身の男だ。

 腰まで伸びた長いエメラルドグリーンの髪を垂らし、側頭部から生えた雄々しい二本の角が天を衝く。背には翼竜のものに似た四枚の巨大な翼が生え、男の異形を際立たせる。闇よりも尚深い漆黒のローブに身を包んだその男を、俺は良く知っていた。


「エクリプス……」


 俺の呼び掛けに、男は記憶に違わぬ柔らかな笑みで応えてみせた。


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