007 オジサンとこの世界の話
女王様に謁見後、今日は疲れているだろうからと気を遣われて、詳しい話は翌日に持ち越しとなった。
急遽行われた歓迎会で食事をいただき、あてがわれた豪勢な客室で一晩過ごす。次に女王様の顔を見たのは、日も高く昇った昼間のことだった。
華やかな刺繍の施されたテーブルクロスの敷かれたテーブルを、俺と聖女さん、そして女王様が囲んでいる。
それぞれゆったりと腰を掛けることが出来る椅子に座って、テーブルに置かれた紅茶とケーキを堪能していた。
どうしてこうなったのかと言えば、女王様の思い付きと言うほかにない。
「折角、出会えたんですもの! 庭園に行きましょっ! 美味しいお茶とケーキでお食事よ~!」
なんて言い出すものだから、急遽城の庭園でお茶会が行われているという訳だ。
いやはや、全くもって自由な女王様だ。
「わぁ! アフタヌーンティー! 私、とっても憧れてたんです!」
「喜んでもらえて嬉しいわ。さぁ、遠慮なくどーぞっ」
「ありがとうございます! いただきまーすっ!」
城のお抱えパティシエがこしらえたスイーツの数々は見た目にも華やかだ。
聖女さんは目を輝かせて大喜びしている。変則的だが、スイーツを食べたいって願いが叶って良かった良かった。
「も~っ、今代の聖女様も素直で可愛い! クラちゃん、本当に良く、聖女様を守ってくれましたね」
一瞬にして穏やかな顔つきになった聖女様に、威厳が満ちる。
この切り替えの早さ、流石という他にない。
「自分のすべきことをしたまでさ。あぁ、そうだ。塔のことを聞かせてくれないか。司祭殿達は無事なのか?」
「えぇ、多少の怪我を負いはしたものの、司祭たちは皆、無事に塔を脱出したと報せが届いています。今は東の神殿に身を寄せていると。ですが……残念ながら、塔は完全に燃えてしまったそうです」
「そうか……いや、みんなが無事ならそれが一番だ。塔はまた立て直せる、だろう?」
俺の問いに女王様は顔を曇らせ、言葉に詰まる。
それだけで再建が難しいことが理解できた。
無言の返答にそうかと頷いて、俺はティーカップに口を付けた。喉を流れていく紅茶がやけに苦く感じられた。
「もう一つ。悪い報せがあります」
「なんだい」
「魔物の軍勢が王都への侵攻を計画しているとの情報を得ました。近いうちに、ここは戦場となるでしょう」
「なんだって……!?」
これにはさすがに驚きが隠せなかった。
魔物の動きが活発であることは、予想だにしない塔の襲撃からも明らかだ。だが、まさか王都を狙いに来るなんて……。
驚きのあまり言葉を失っていると、女王様が淡く笑んだ。
「大丈夫よ。この国は私が必ず守ります。それに、魔物の狙いは分かっているのです」
「狙い?」
軽く頷くと、女王様はおもむろに首から下げている細いチェーンを摘まんで持ち上げた。銀の十字架のものではない別のチェーンだ。
服の内側に隠れていたペンダントトップが表に出る。
そこに付いていたのは小指の爪程の大きさの、血の様に紅い深紅の石だった。
小さいながらも異常な存在感を示すそれを目にした途端、背筋にぞくりとした悪寒が走る。
「……奴ら、魔王の心臓の欠片を集めてるっていうのか?」
「ごォふっ! なんて!?」
話を聞いていた聖女さんが、むせ返りながら俺の顔を見る。
「近年の魔物の活発化を受け行っていた調査の結果、魔物達は新たな魔王の肉体を手に入れたと聞きました。魔王復活の為に心臓の欠片を本格的に集め出していると見て、間違いないでしょう」
「成程……。だとすれば、ここ最近の活発さにも納得がいくな」
いずれ魔王が復活することは分かっていたが、予想よりも早すぎる。
またあの戦争が繰り返されるのか……?
「あのぉ~、すみません……。魔王とか心臓とか、なんなんですか……?」
俺と女王様の会話が途切れるのを待っていたのか。恐る恐ると言った様子で、聖女さんが声を上げた。
しまった、聖女さんを置いてけぼりにしてしまった。
ええと、これこそどこから説明したもんかなぁ。
悩んでいると、女王様が優しく笑んで聖女さんに説明を始めてくれた。
「この世界には、大きく分けて人類と魔物の二つの種族がいます。そして二つの種族は絶えず争いを続けています」
聖女さんが首を縦に振って相槌を打つ。
「今から三十年ほど前。種族間で大きな戦が起こりました。魔王率いる魔軍、そして聖女様を御旗とした人類連合軍の戦いです」
「えっ、聖女って戦いにも出るんですか?」
「本来であれば、聖女様に戦う力はありません。しかし当時の聖女様は特別な御方でした。人類を導く光……あの方の元、人類は魔軍に打ち克ち、魔王を倒すにまで至ったのです」
「へえ~。……って、オジサン? なんで変な顔してんの?」
「イッ!? あーっ、いやいや! 当時の聖女さん、とってもきれいだったなぁ~って思い出してただけ! 俺のことは気にせんでくれ」
いかんいかん。当時の話となるとつい顔に出てしまうか。
女王様がニヤニヤしてこちらを見ているけれど知らんぷり。というか、大国の王がそんな顔しちゃ駄目だろ。
話の腰を折ってはいけない。俺は静かにケーキでも食べていよう。
「魔王は一人の剣士により倒されました。その際、肉体は消滅し、砕けた魂は欠片となって世界中に散らばったのです」
「分かった! つまり、その欠片を全部集めると魔王の魂が復活するっ! ……ってことですね?」
「その通りです。この欠片は破壊する事は不可能。ですから絶対に奴らの手に渡らぬ様、封じ続けるしかないのです」
「なるほど。うぅ……、なんだか大変なご様子みたいで……。あの、私、帰れないですか? そういうのに巻き込まれるのは、ちょっと怖いっていうか」
聖女さんの言うことは最もだ。
こちらの事情で見知らぬ世界に呼ばれ、しかもその世界は戦の火種が燻っているとなれば、誰だって帰りたいと願うだろう。
横目で覗き見た女王様の顔付に、悲哀の色が見て取れてこちらも胸が痛む。これから女王様が告げる事実は、聖女さんにとっては酷なものなるだろうからな……。
「聖女様。今から私は、貴女に残酷な事実を告げねばなりません」
「……帰れないんだ」
「はい。正確には、我々には貴女を帰す手段がないということです」
女王様の返答に、聖女さんが目に見えてがっくりと肩を落とした。
俺達の星の為に祈る聖女を呼び出す、聖女召喚……。そのシステムの犠牲になるのは、いつだって聖女として選ばれてしまった異世界の少女たちだった。