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066 オジサンと魔王の器

 ゾッとした。

 抱えたフルムーンの体から溢れ出る魔力の質と量、その異様さに震え上がる。

 少しの衝撃で爆ぜてしまうような、それ程までに張り詰めたフルムーンを抱え、俺は一歩も動けなくなってしまった。


「お前……、何をした……ッ」

「魔王ノ血と肉。ソレを与えたのデスヨ!」


 その言葉に驚き振り向くが、ルナーは顔色は悪いままでいるが無事健在だ。

 どういう事だと即座にニュームーンを睨み付ければ、いやらしく唇に弧を描いた。


「クレセントさァんが斬った我が王、エクリプス様の肉片。ワタシ、それを大事に大事に残していまシテネ」

「何だと……」

「ダァッテ!! 我が王ノ復活であるノダカラ、我が王ノ血と肉でなければ意味がアリマセンヨネェ!!」


 何を言ってるんだコイツは! 魔王の血と肉、それを担うのがルナーなんじゃないのか……!?


「アァー、言いたいことは分かりマスヨォ。ルナー様は何だったノカ。マァ、緊急時の代用品デスネ。それだけデス! デモ、皆さんハ本気でルナー様が魔王ノ血と肉であると信じておりましたカラ! なんせワタシ、我が王の肉片のコトは秘密にしてマシタノデ。イヤー! これでようやく秘密にしなくて済むというモノデス!! スッキリ!」


 けたけたと声を上げて笑うニュームーンを前にして、フルムーンを抱える手に力が増す。

 剣の柄を握った腕を振り上げたのは、ほぼ無意識での事だった。

 目の前で剣先が煌めき、ニュームーンの首を跳ね飛ばす。


「ッ!?」


 斬った手応えがある事に思わず驚く。

 避ける事も、逃げる事も容易なはずだ。なのに、どうして斬られたんだコイツは……!?


「アッハハハハッ! 本当はもう少し後二したかったノデスガ……何故かアナタ達、来ちゃいましたカラ仕方がありまセンネ! コレがワタシの最後の術デスヨ!!」


 空中に血を躍らせながら、ニュームーンの首が落ちていく。

 まずい。本能が警鐘を鳴らすが遅い。

 床にニュームーンの首が転がり、血が歪な曲線を描く。

 顔に笑みを張り付けたままのニュームーンの頭が、急に燃え上がり、激しく炎を上げる。


 燃え盛る炎に呼応して、床一面が眩しく光を放ちだす。

 足元を見れば、玉座の間一面を埋め尽くすほどの巨大な魔方陣が展開されていることに気が付いた。

 これは、ニュームーンの血により発動した魔法なのか――!?


「オジサン! その子!」


 聖女さんの声に慌ててフルムーンを見れば、腕に抱えた体が急に重さを失いふわりと浮き出す。

 どういう事だと目を見張れば、フルムーンの体が光を発して頭上へ飛び上がる。その動作は不自然に引っ張られるかの様で、ニュームーン本人の意志では無いのだと察せられた。


 足元を照らす魔方陣の光も強くなり、足元と上空からの閃光によって視界が白に塗り潰されてしまう……!


「何!? なんなのーっ!?」


 背中にしがみつく聖女さんを庇う様にして、光の濁流の中、立ち尽くす。

 一瞬足元が激しく揺れ、それから瞬きの間に光が霧散した。




 騒ぎが嘘のように、しんと静寂が満ちる。

 上を向いてもフルムーンの姿はない。

 ルナーは無事かと振り向いて、俺は自分の目を疑った。


「女王様と司祭さん!?」


 急に現れた二人にその場の誰もが困惑する。

 女王様も司祭殿も混乱している様で、その表情には不安と緊張が色濃くにじんでいた。聖女さんと共に、俺は二人の元へ足早に寄った。


「二人とも、何があったんだ!? 王都に居たんだろ……?」

「え、ええ。玉座の間にいたのだけど……っ! 貴方達こそ、こんな所に飛ばされていたなんて……」


 女王様が俺達の姿を見て動揺するのも無理はない。

 カイルと司祭殿による転移魔法の最中に魔城に飛ばされてしまった俺達は、女王様から見れば行方不明者といったところなのだから。


「どうなっている……。クラトス、ここは何処だ!」

「ここは、魔城の玉座の間だ……」


 まさか、と呟き二人は言葉を失った。

 状況を確認すると、二人も急な光の濁流に巻き込まれたのだと言う。こちらの状況を伝えると、女王様と司祭殿は気難しい顔をして考え込んでしまった。


「……これは、ニュームーンの血と命を媒体とした、空間の摂理を捻じ曲げた大魔法……なのかもしれません」

「空間を歪め、独力で、魔城の玉座の間と王城の玉座の間を繋げたとでも?」

「ええ。そう考えるのが自然です。命を賭してまで術を決行した理由……間違いなく、我々の持つ欠片が理由でしょう」


 女王様が胸元に手を添える。

 そうだ。ここに、残りの魔王の魂の欠片の保持者が揃ってしまったという事になる。女王様と司祭殿の首元で光る銀のチェーンが、欠片の在処を物語る。


 不意に司祭殿が険しい顔をして周囲を見渡す。それから俺に視線を向けて声を荒げた。


「ここが魔城ならカムクラ様がおられる筈だ! クラトス! カムクラ様は!?」

「彼女は……」



「余は此処だ」



 ずしりと重たい声色が響く。

 いつの間にか、フルムーンが玉座に腰を掛けていた。


 フルムーンの様相に思わず目を見開く。

 鮮やかなピンクの髪はエメラルドグリーンに変化を遂げ、側頭部からは髪を掻き分けるようにして雄々しい角が生えていたのだ。その容姿はまるで魔王エクリプスを彷彿とさせ、たまらず息を飲む。

 これが魔王の血と肉、エクリプスの肉片を取り込んだ結果なのか……。


 フルムーンの眠たげな瞳が開かれる。

 震える睫毛が持ち上がり、なお一層深い色合いをした深紅の瞳が姿を見せた。


「これが、カムクラ様だと……?」


 司祭殿の震えた声が耳たぶを打つ。


「大司祭。最早この肉体に神座(カムクラ)クリスの意志は無い。欠片を置いて消えよ」

「だったら、いま喋っているお前はなんだ」

「余は神座クリスの残骸。そして魔王の血と肉を得し器。魂を求めるもの」

「欠片はやらぬ。お前をそこから追い出し、カムクラ様を返してもらう」

「肉体のみの存在に何の意味がある。既に神座クリスの魂は消えた。肉体とは器である。器とは魂の入れ物である。余は、魂を求む――」


 フルムーンの瞳が見開かれた瞬間、時が止まった。

 司祭殿が血を吐き横たわるまでの出来事は、そう思えるほどに一瞬の出来事だった……。


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