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065 オジサンと聖女さんの説得

 仁王立ちの聖女さんが構えた魔銃の銃口から、煙が上がる。

 その銃口の先を見れば、頬から血を流し、呆然とした顔をしたフルムーンの姿があった。目にも止まらぬ速度で射出された魔力の弾丸は、フルムーンの頬を掠めた様だ。


「は……? ちょっと、何? 余を撃った……? 余を撃ったの、コイツ!?」

「撃ったよ。私だけ動けるみたいだから」

「何でお前ッ、魔力が減ってないの!? こいつらみたいにっ! 動けなくなりなさいよ!」

「知らないよ。私が聖女だからじゃない? どーでもいいけど」


 聖女さんは魔銃を手にしたまま、ずかずかと勢いよく前へ出る。

 駄目だと制止しようと手を伸ばすも、思い切り跳ね退けられてしまった。

 俺の真横を通り過ぎたその顔付きは、驚くほどに虚無だった。


 玉座に座ったままのフルムーンの前に立った聖女さんは、腕を組んで頭を少し上に傾ける。

 二人の間に頭一つ分の身長差があるからか、背後から見たその光景は、大人が子供を見下ろす様にも見えた。


「ねぇ、あんた聖女だったんでしょ」

「! へぇ~、知ってるんだ、余のコト!」

「司祭さんから聞いた。あんた、ちやほやされたくて魔物になったって聞いたけど、ホント?」

「ふん! 悪い? 当然でしょ? 異世界転移だよ!? そんなのっ、選ばれた人間だけが出来るコトじゃん! 余は選ばれた! だから余は特別ッ! 特別ならっ、特別な扱いを受けるべきでしょ~~っ!?☆ なのに聖女なんて祈って星に尽くすだけ! 意味分かんない! 余は尽くされるべき存在なのっ☆」

「だから魔物になった? 魔王になって、魔物達に尽くされたくて?」

「そうっ☆ 魔物に尽くされ、そして人間を支配し人間からも尽くされる! 特別な余にぴったりでしょう?」


 けたけたとフルムーンの甲高い笑い声が響き渡る。

 反して、聖女さんは微動だにしない。

 俺からは聖女さんの表情が見えないが、怒り心頭である事だけは分かる……。


「誰もあんたに尽くさない」


 それは今までに聞いたことがない程に、低く、そして静かな声だった。


「……は?」

「誰もあんたに尽くしてない。魔物はあんたの力が怖くて従ってるだけっしょ。見た感じ、タルフもオーガもそこのイザヨイも、あんたに尽くそうって感じはないし。人なんて、もっての他だね。あんた、ただ力を振りかざして威張りくさってるだけの、ワガママな子供だよ。そんな奴に誰が尽くすの? 無理っしょ」

「そっ、それは! 従えるもっ、尽くすも一緒でしょ!? 余のこと崇めて、命令聞くんだから!」

「あんたちびっ子みたいだから、あんまり理解してないみたいだけど。それ、ただの奴隷ってヤツだから。人形遊びがしたいなら他所でやんな。人に迷惑掛けんな」


 聖女さんの本気の怒りが伝わってくる。

 フルムーンも恐怖を感じているのか、でもでもだってと震える声で繰り返すのが聞こえてくる。


 特別。尽くされたい。

 魔に心身を堕としてまでそう思う背景に何があったのかは分からない。


 けれども、本当にそれだけの理由であるのならばまだ引き返せる。

 魔王なんて特別では無いのだと分からせれば、きっと引き返せる。


「……言っとくが、前代魔王も特に尽くされてるって感じはなかったぞ」


 剣を手にぶら下げて、俺はじっとフルムーンを見た。

 俺の視線に気が付いたフルムーンが驚きながらこちらを見る。その顔には明らかな苛立ちが浮かんでいた。


「前代魔王エクリプス、アイツは優れた統治者だった。だが、魔物にとってはどうでも良い事なんだ。頭が誰であれ、従う者は従い、従わないものは背く。魔物って言うのは、尽くす事を知らない生き物なんだよ」

「はん! そんなウソに余が騙されるとでも思ってるの~!?」

「噓じゃない。俺はアイツを知っている。友人だった。そして、アイツを裏切って首を斬り落としたのも俺だ。どうだ? 尽くすどころか真逆の行為だろ?」


 フルムーンの顔が恐怖に引き攣る。どうやらこの話は、ニュームーンから聞かされていなかったようだ。


「君がニュームーンに何を吹き込まれたかは知らない。だが言っておく。魔物は嘘を吐く生き物だ。……決して、君の望むようなことにはならない」

「うっ、うそ! だって! 特別になれるって! 聖女よりもずっと特別だって! みーんながアタシをちやほやして! 特別だってっ、尽くすようになるって!」


 最早一人称を飾ることも出来ない程に動揺したフルムーンは、玉座から立ち上がると逃げる様に聖女さんから離れていく。もはや次代の魔王フルムーンとしての仮面は剝げ落ち、本来の人間・カムクラとしての姿が露わになっていた。


「ね、魔王なんてやめて帰ろ。あんたを人間に戻すのは無理かもしんないけど、まだ戻れるよ。司祭さん達の所、戻ろうよ」

「イヤ! だって今戻ればアタシは特別でも何でもないっ、ただの異世界から来た元人間ってだけになる! なんもない!」

「そんな事ないよ。ていうか、ワリと特別じゃん? 元人間の異世界人って」


 言って、聖女さんは魔銃を左手に持ち、空いた右手をフルムーンに差し出した。

 フルムーンは戸惑いながら、聖女さんの顔と右手を交互に見ている。

 辛抱強く差し続けられる聖女さんの手に、フルムーンは無言で恐る恐ると手を伸ばしだした。


 刹那。


 フルムーンの体が大きく揺れた。

 ごふっ、と大きく咽て、たたらを踏んだフルムーンの右足が前に出る。



「いけまセンヨォ~。フルムーン様! アナタは確かに特別なのデスカラ!」



 足元から伸びるフルムーンの影から声が響く。

 影から漆黒の渦が立ち上がり、人の姿を成していく。あっというまにフルムーンの背後にぴたりと、ニュームーンが張り付いた。


 フルムーンはよろめきながら、目の前の聖女さんにしがみつく。けふっ、とフルムーンの小さくせき込む声が響き、俺は我に返った。


「聖女さんっ! 下がれ!」


 しかし聖女さんはフルムーンを抱き止めたまま動けないでいる。駆け寄って聖女さんとフルムーンを引き剥がし、そこで初めて理解した。


 フルムーンの背中に、ニュームーンの手が埋まっているのだと。


 とぷんと音を立ててニュームーンの手が引き抜かれる。

 コイツ、一体何をした――!?

 フルムーンの体が力なく崩れ落ち、聖女さんを後ろに追いやりながら俺は急いでフルムーンの体を支えた。


「本当に特別なのデスヨ? 魔王ノ器。魔王ノ肉体。誰でもなれるモノではアリマセンカラ」


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