056 オジサンと怒れる竜
俺の真横を通り抜け、果敢にもタルフに立ち向かったタマが血の海に沈んでいる。あまりの光景に唖然としていると、対峙しているバスタード王から怒声が上がった。
「オイこらァッ! テメェ、何してんだよ! 殺しは無しだっつっただろォ!?」
ちょっと待ったと言って俺とカイルからあっさり離れたバスタード王は、タルフをきつく睨みつけた。
「最初に確認したよな!? 殺したら嫁さん二人が悲しむからボコすだけだって!」
そうだったのか……!?
決闘と言うからには殺し合いを想定して挑んでいたのだが、それならそうと最初に言ってくれ!
バスタード王に問われても、タルフは微動だにしない。
感情を削ぎ落した無表情さで、タルフは双剣を静かに構えた。
しかし今はタルフの行動を問い詰めている場合ではない。
早くタマを助けないと――!
「僕が行きます!」
こちらの返答を聞く間もなく、カイルが転移魔法で一気にタマに近寄る。
カイルがタマを抱き寄せ、腕に抱えた直後。
ゴオォォオォ……ッ!
低い地鳴りの様な音が響きだした、足元が揺れ始めた……!
揺れはあっという間に強くなり、立っていられない程の激しさで俺達を襲う。
「何だよこれッ!」
膝を着いたバスタード王も困惑の声を上げる。
「タルフ! お前が何かしたのか!?」
揺れに耐えるタルフに大声で聞いても、タルフは眉一つ動かさず揺れに耐えている様子だった。
ゴゥン、と一際大きく揺れた刹那、背筋に急な寒気が走る。
それはこの闘技場内にいた全ての者が感じ取った様で、誰もが青褪めた顔をして唐突に空を見上げた。
上空を舞う、二つの巨大な影に誰もが言葉を失った。
「オウ……ありゃあ、俺の見間違いじゃねェよなァ……」
「あぁ、あれは……レッドドラゴンとブルードラゴンだ……」
翼を広げ舞い降りる二体のドラゴンは、間違いなく俺の知る個体のレッドドラゴンとブルードラゴンだ。
だが、その顔には見た事の無い程の怒りを滲ませていた。
大きく裂けた顎からは鋭い牙を覗かせ、鋭い眼光でこちらを見下ろしている。
その視線の鋭さは俺の知るゴンスケとは一致せず、これこそがドラゴンとしての本来の顔なのだと思い知らされた。
「オォオオオッ!」
「ガァアアァァッ!」
二体のドラゴンが大きく口を開き、地響きすら感じる雄叫びを上げる。
その口の中はそれぞれ、紅と蒼に光っていて……!
「まずい! 火炎放射と水撃が来るぞ!!」
「はぁ!? なんでドラゴンが攻撃して来ンだよ!?」
「説明は後だ! 防御を徹底しろッ!」
それだけ告げると俺は迷うことなく駆け出した。
聖女さんとルナーを守らなければ……!
「嫁さん二人なら俺様も守るぜェッ!」
走る事にだけ意識を割いた俺の全速力に、バスタード王は難なく追いついてくる。
この際、一人よりも二人の方が良い。
立ち尽くすタルフと、タマを抱えるカイル。そして未だに仁王立ちの姿勢を崩さないオーガの横を駆け抜けて、地面を強く踏みしめ垂直に跳ぶ!
(ドラゴンはタマから流れた血の気配に応じて現れたに違いない。そうであれば、ドラゴンはタマを傷付ける事はしない筈だ。タマと一緒にいるカイルは安全と考えて良い……!)
無論、カイルであれば強力な防御壁を展開するに違いない。
であれば、やはり俺が優先して守るべきは聖女さんとルナーだ。
「オジサン!」
「クレセント!」
二人の居る高さまで飛んで、細い手すりに着地する。
肩越しに声を上げた二人を見れば、シルバーに押されて避難を促されているところだった。
タマの惨状を目にしていたのだろう。
その顔には悲壮感がありありと浮かんでいて、たまらず胸が痛む。
しかし感傷に浸る間もなく、真横に同じく跳んで来たバスタード王が叫び声を上げた。
「来るぞォッ!!」
ドラゴンから放たれた火炎と水が、闘技場内で激しく暴れまわる。
首を大きく振ったドラゴンがこちらを見ると同時に、一直線に火炎放射と水の渦が飛んで来た!
俺は剣を真正面に構え、激しい濁流を受け止めた。
一瞬で骨が軋むほどの圧に襲われ、たまらず歯を食いしばる。
隣ではバスタード王が巨大化した爪を構え、火炎放射に立ち向かっていた。
肌が焼ける熱さを感じ、俺は荒げた声を上げてしまう。
「無理するなッ! 燃えるぞ!」
「ハッ! この俺様がァ……火竜如きの火炎で燃えるかよォッ!」
言いながらもバスタード王の体は火炎の勢いに押され、手摺から落ちそうになる。
この細い足場では踏ん張ることも難しい。
だが、このままドラゴンの好きにさせれば大惨事は免れない――!
(力を借りるぞ、エクリプス――!)
魔王の魂の欠片がもたらす力が、果たして本当に前代魔王エクリプスの残したものなのかは分からない。
けれども今この状況では頼る他にない!
意識と魔力を欠片に注ぐ。
すぐに心臓がドクリと激しく脈打ち、魂の欠片が応えてくれた事を感じ取る。
体の奥から魔力が込み上げてくる。
だが、以前の様な自我を塗りつぶされる感覚は遠い。これならば!
「なんだアンタ! 欠片が光ってるじゃねェか! がははっ! そうか! コイツ、使えるのかッ!」
火炎に髪の先端を焼かれながら、バスタード王は楽しそうに笑っていた。
バスタード王の胸元にぶら下げた欠片が一つ、激しい光を放ちだす。
「うぉお……スゲェ、これなら……行けるぜェッ!」
燃え盛る炎の様に激しい魔力の奔流が、バスタード王から溢れるのを感じ取る。
これならば、炎も水も叩き斬る事が出来る筈だ。
足の裏に力を込めて、細い足場を踏みしめる。
ふっと息を詰め、渾身の力で押し寄せる濁流を押し返す。
一瞬、水圧が弱まったところで剣を縦にして、手摺を蹴って前へ飛んだ――!
「あぁぁぁあぁッ!」
縦に避けていく水しぶきの中を、跳躍一つで飛んでいく。
欠片の力で増大した魔力を足に纏わせ、浮遊魔法を疑似的に再現する事で可能とした移動方法だ。
最も、通常の浮遊魔法とは違い、凄まじい威力で俺の体は前に進んでいく。
強烈な爆発の勢いをその身に乗せているかのようで、その衝撃に身体が激しく痺れていた。
「良いな、ソレッ! 俺もやるぜェーッ!」
爪で炎を裂きながら、バスタード王も火炎放射の中を突き進む。
互いにあっという間に水と炎の根元、つまりはドラゴンの口元にまで辿り着く。
後はその口の中に剣を突き立て――!
「駄目だッ! ドラゴンは殺すなッ!」
「がははっ! 峰打ち上等! 生きてりゃ何度でも戦えるからなァ!」
自分自身の思考を掻き消す為に叫んだ言葉に、バスタード王が同調する。
口の中に突き立てられようとしていた剣を慌てて引き、肩を後ろに引いて大きく振りかぶる。
「絶対にタマは死なせない! だから少し大人しくしていてくれッ!」
ブルードラゴンの顔を真正面から見据え、祈る様に叫ぶ。
しかしブルードラゴンの怒りは収まる様子はなく、鋭い牙でもって俺を食い殺そうと口を更に大きく開く。
(すまん! お前達に悪気が無いのは分かっているが……!)
俺達もここで殺されるわけにはいかない!
振りかぶった剣を力いっぱい振り抜き、剣の平らな部分でドラゴンの顔を殴りつけた。
ゴッという骨を打つかのような鈍い音が響く。
本来の俺の筋力であれば、こんな程度ではドラゴンを怯ませるのが精一杯だ。
だが、欠片の力で強化された今の状況は違う。
腕と剣に纏わせた魔力がインパクトの瞬間、轟ッと爆ぜたのだった……!




