051 聖女さんと王様
キングサイズのベッドに、四人は座れそうなソファ。
テーブルに並べられたお茶菓子を摘まみながら、私はルナーと二人でだらりと過ごしていた。
通された客室が、あまりにも居心地が良すぎる……!
黄金ばかりの王様の居住区とは違って、客室はシックで落ち着いた色合いで纏められている。
あのバスタードって王様からは想像もつかないくらいにお上品なものばかり。
敵地に残されてしまった緊張感なんて、お出しされたケーキやスコーンの美味しさの前に秒で吹っ飛ぶ。
元々魔王の妹っていう位の高そうな肩書のあるルナーなんか、この扱いに満足感すら覚えちゃってるみたい。
「まさかこんな僻地でこんな扱いを受けるなんて、思ってもいなかったわ」
「ねー。あっ、そのクッキー美味しかったよ! 食べてみて!」
「……、あら、ベリーの酸味が良いわね」
カップが空になれば、側で控えてくれているメイドさんが紅茶を注いでくれる。
もはやここに居る理由も何もかも忘れそうになりながら、飲めや食えやとしていると不意に扉が開かれた。
私とルナーは体をびくりと強張らせ、恐る恐る開けた扉の先を見た。
「オウ! 楽しんでくれてるかい?」
ご機嫌な笑顔を浮かべた王様が現れた!
一気に浮かれた気持ちは冷え切って、急な緊張感が湧いてくる。
護身用に魔銃を取ろうと上着の内側に手を突っ込むと、王様がいきなり待ってくれと叫ぶものだから、ついうっかり魔銃を落としてしまった……!
ヤバ! あらぬ誤解を招いちゃうんじゃないの!?
慌てる私を冷静な目で見ながら、王様は頭を勢いよく下げた。
「悪ィ! 急な事で混乱を招いてしまった事は詫びる!」
「へ……?」
思わず目をぱちくりさせてしまう。
詫びられるとか、微塵も思っていなかった……。
「お前さん達を嫁にしたいって思ったのは本当だ。どっちも魅力的だからよ。一目惚れってやつだ。だが、強引だったなと反省している。この通りだ! 許してくれ!」
「え、いやいや! 許すも何も、こんな良い扱いしてくれてるし……ねぇ?」
「まぁ……綺麗な部屋と美味しい食事に罪は無いわ」
ルナーと一緒にうんうんと首を縦に振って頷く。
すると王様は頭を上げて、どこか安堵したような子供っぽい笑みを浮かべた。
「いやー! 流石、俺様の嫁! 理解があって助かるぜ!」
「嫁じゃないし」
「嫁じゃないわ」
「だははっ! 細けェこたぁ気にすんな!」
豪快に笑う王様に、なんだか調子がくるっちゃう。
もしかして、あんまり悪い人でもないのかな。
そう言えば王様の事もだけど、この国のことも何も知らないや。
「あのさ、王様。折角だからちょっと質問しても良い?」
「オウ! 嫁の疑問にゃ、幾らでも答えるぜ!」
だから嫁じゃないって! まぁいいや、キリが無いから流しておこう。
「率直に聞くけど、この国ってどういう国なの?」
「どういうって、そりゃあお前さん、強いヤツが一番偉いって国だぜ」
「昔からそういうルールでやってんの?」
「いんや。割と最近だな」
少し話が長くなるからと、王様が私の隣に腰かける。
幾ら大きなソファとは言え、大柄な王様が座れば大分ぎゅうぎゅう感が出てくる。
ちょっとデカ過ぎない!? この人!
「この土地にはよ、大昔から人と魔物と獣人が住んでんだ。常に絶えず縄張り争い続けててな」
「人と獣人はともかく、魔物も住みついてるって珍しくない?」
「ここら辺に住む魔物は、いわゆるはぐれモンって奴よ。魔物の全部が魔王に付き従うってワケじゃねェらしいぜ」
そうなの? と、ルナーの顔を見れば、ルナーは少し難しい顔をして頷いた。
「えぇ、幾ら兄様が優れた統治者であったとしても、その全てを支配する事は叶わなかったわ。己の考えを最優先に生きている。魔物っていうのは、そういう生き物なのよ」
「そういうこった。で、だな。長い事続いていた争いに、ある日突然決着がついたんだ。人も獣人も魔物も等しくブッ倒しちまうバケモンが、この大地に生まれたんだ!」
まるで子供みたいに目をキラキラさせて、鼻息荒く王様が語る。
やっぱ男の子って、強いものとか好きなの?
「その御方はよ、下位種のオークに生まれながらもとんでもなく腕っぷしが強かった! 鋼の肉体に全てを砕く剛腕。歩いた後にはぺんぺん草も残らねぇってんだ! 生まれながらの強者、いやバケモンとしか言えねぇ。闘争本能を軸に生きる生き物ってのは、本能で分かっちまうんだ。こいつこそが王であるってな。だから争いは終わった」
なるほどね~と私は感慨深く頷く。
一人のヒーローの登場でバラバラだったものがまとまるってのは良く聞く話だけど、強い魔物によってまとまるっていうのは、ファンタジーな世界らしいなって思う。
「……ねぇ、もしかしてその怪物の名前、オーガって言うんじゃないかしら」
「オウ! 流石、魔王の妹だ! そうだぜ、オーガ様だ!」
「オーガ!? オーガってこの間、オジサンと大神官サマが戦った……あの!?」
脳裏にあの戦いの中で傷付けられる二人の姿が蘇って、胸がギュっと締め付けられる。
「オォ!? あの二人、オーガ様と戦ったのか!? そうかそうか。生きてるって事はオーガ様と引き分けたのか。スゲェな!」
興奮冷めやらぬ様子の王様に戦いの詳細を聞かれる前に、色々あってどうにかねと適当答えておく。
どうにもあの戦いの光景は嫌な思い出になっているみたいで、気持ちが沈んじゃう。
余計なことを言っちゃったなと反省していると、ルナーが会話を続けてくれた。
「そんな化け物染みたオークなんて、オーガ以外有り得ないわ。まさか此処がアイツの出身地なんてね。王様してたの? アイツ」
「うんにゃ。オーガ様はそういった事にまるで興味のねェ御方でよ。たった一つのルールだけ作って、すぐに旅立っちまった」
「それが決闘ね。オーガらしいわ」
「オウよ。オーガ様のいう事にゃ誰も逆らわねェ。だから皆、すぐに決闘を受け入れた。そっからだな。この国にちゃんとした王が生まれたのはよ」
決闘のルールは形を変えながらも、長く受け継がれてきたと言う。
そしてこの目の前の王様も、当然決闘に挑んだんだって。
「俺様は強ェからな! 一人で三人ぶちのめして、王様になってやったぜ!」
「三体三なんでしょ? ルール無視してんじゃん!」
「いやいや! 俺様に敵う奴がいねェって分かってンだから、そこは効率よく行くべきだろうよ。それに、俺様には弱者をいたぶる趣味はねェぜ!」
むしろ弱者は強者が使役することで守ってやるもんだ! なんて言うから思わず呆れちゃった。
だけど同時にピンと来た。
この王様から見れば、全部が弱者なんだ。そう思えるからこそ、心に余裕がある。
心に余裕がある人だから、義理堅かったりするのかな? とかちょっと思った。
「まっ、とにかくこの国の始まりはたった一人のバケモンだ。それから決闘ってルールが生まれて、俺様という偉大な王が誕生したってワケよ!」
「王様が偉大かどうかは分かんないけど、種族関係なく住む土地っていうのは良いかもね」
「だろ? オッ、獣人の俺様、魔物の魔王の妹、人間の聖女の嬢ちゃんで丁度ぴったりじゃねェか! いや~、運命だなこりゃ!」
再び豪快に笑う王様を前にして、私とルナーは飽きれた溜息を吐き出す事しか出来なかったのだった。




