049 オジサンと毛玉たち
「……追い出されましたね」
「追い出されたな……」
あっという間に王宮から締め出され、俺とカイルは呆然と立ち尽くしていた。
「勢いに押されて聖女さんとルナーを置いてきてしまったが、連れ戻さんと!」
「落ち着いて下さい。この国においては、二人は王宮に預けていた方が安全かもしれません」
「……俺とお前が居て、二人を守れないとでも?」
「ご冗談を。環境が過酷すぎます。衣食住の不安定なこの国で、聖女様にご不便をお掛けする訳には参りません。あのバスタードという男、破天荒ではありますが王として信頼できる人物と見ました。決闘の日までは任せても構わないかと」
カイルは誰よりも王という存在を間近で見続けている。
そのカイルがバスタードという王をそう評するのであれば、納得するしかなかった。
「分かった。お前がそう判断するなら俺も従うよ。まぁ、確かにお嬢さん二人にはこの国の環境は過酷だからなぁ」
「僕も一応、お嬢さんですよ?」
「いやいや、お前はお嬢さんって柄じゃないだろ?」
「じゃあ何です?」
「そりゃあ、人類最強の大神官様だろ」
胸張っていいんだぞと軽く背中を叩くと、カイルから乾いた笑い声が上がった。
……何か間違えたか?
それにしても、これからどうしたものか。
俺もカイルもこの国の地理には疎い。
一応、城下町の様なものが目の前には広がっているが、家屋も人の気配も少なく、寂れた有様だ。
取り合えず宿でも探そうかと町の探索に出るも、どうやらこの国では余所者は歓迎されないらしい。
すれ違う獣人も魔物も人も、皆一様に俺達の事を敵視の眼差しで見つめてきた。
「嫌われちゃってますね、僕達」
「まだ何もしてないんだがなぁ」
とぼとぼと歩いていると、不意に建物の陰に何か、白い物体を見つける。
ほぼ同時にカイルも見つけたのか。足を止めて目を凝らしていた。
退廃的な雰囲気さえ漂うこの町に不似合いな、真っ白な毛玉。
両掌に乗せて収まってしまいそうなサイズ感だ。
よく見れば、毛玉の頭頂部と思わしき部分には尖った小さな耳が二つ生え、ぴくぴくと小刻みに動いている。毛むくじゃらで分かりにくいが、手足の様な小さな突起物もあった。
「クラトス様、僕は夢でも見ているのでしょうか。小さな毛玉が動いていませんか?」
「夢じゃないな、確かに動いている。毛玉が」
「毛玉……毛玉なら、捕まえも問題ありませんよね?」
「捕まえるつもりなのか……?」
「それは勿論。だって毛玉ですよ、毛玉。その柔らかさを確認しなければなりません」
真面目な顔のまま、カイルは真っ白な毛玉に近寄っていく。
すると、毛玉からニャッと短い声が上がった。
まさか声を発するとは思ってもいなかったのか、カイルはびくりと肩を震わせ、足を止めた。
影から出てきた毛玉が、その全身を俺達の前に露わにする。
なんてことだ。ちっこいタマじゃないか!
「ニャッ! お前達、人間ニャ?」
「えぇ、人間ですよ。君は?」
「ミィはトーラ・ターマニャ! 人間探してるニャ! ゴシュジンと、聖女さまと、えぇと……ダイシンカンと、イモウトニャ! 知ってるニャ?」
「あぁ、それなら僕が大神官で、あちらがご主人ですよ」
その場にしゃがんだカイルが答えると、リュンクス族の子は声を上げて喜んだ。
なんだか誤解を招く様な言い草をされた気がするが、今は気にしないでおくか……。
「ニャ! 合ってたニャ! お使い出来たニャ! 付いてくるニャ~」
多くを語らず、リュンクス族の子は俺とカイルに背を向けて歩き出す。
少し歩いては俺達の様子を確認するように立ち止まっては振り返るリュンクス族の子の後を、可愛い可愛いと小声で漏らし続けるカイルと俺とで追った。
何度か建物の角を曲がって、足場の悪い小道を歩き続けると、小さな集落の様な場所に出た。
木造建築の小さな家が幾つか建っていて、そのどれもが多少の古めかしさを醸していた。
「ここニャ、入るニャ!」
その内の一軒の前で足を止めたリュンクス族の子に促され、俺は薄い木製の扉を開く。
ギィと鈍い音を立てて開いた扉の奥に足を踏み入れた途端、屋内からワッと大きな声が飛んで来た。
「ニャ! お客さんニャ! ニンゲンニャ!」
「ニャニャ! おっきいムキムキの人ニャ!」
「ニャー! ミィとおんなじ真っ白の人ニャ!」
先程のリュンクス族の子とは別の子が三体、転がる様に俺達の元へ飛んで来た。
「夢ですか……!? こんなっ、こんな愛らしい毛玉がこんなにも……っ!」
一回り程小さいリュンクス族の子達を前にして、カイルが感極まった声を上げる。
大神官と言っても妙齢の女性だものな。こういうの、好きだよなぁ。
「あっ、師匠~! 師匠達も来たっスね!」
ニャアニャアと止めどない声の間から、聞き慣れた声が届く。
視線を正面へ向ければ、広くはない部屋の奥で、胡坐を組んで座るタルフとタマの姿を見つけた。
「ニャ! ご主人と大神官さま! ニャ? 聖女さまとルナーがいニャいニャ」
「色々あってな。家、上がっても良いか?」
「どうぞニャ~」
察するに、どうやらここはタマの家の様だ。
俺達が上がり込むと、リュンクス族の子達は一斉にタルフへ向かって走っていった。
聞けばこの子たちはタマの弟と妹だそうで、道理でみんなタマに良く似ている訳だ。
タマの兄弟達はタルフに良く懐いているようで、タルフの体にぴたりとくっ付き登りだした。
「……タルフ君、どのようにしてその子達に好かれたのですか?」
「勝手にくっ付いてきたっス! なんもしてねぇっス! だから怖い目で見るの止して欲しいっス~!」
室内は既に定員オーバー気味な室内だが、風通しは良くて過ごしやすい。
立ち上がったタマが用意した、欠けたコップに注がれたぬるいお茶に口を付け、俺はここまでの経緯をタマとタルフに説明した。
決闘という言葉を出した途端、タマは可哀そうになるほどに震え上がる。
そんなに怖がらなくても大丈夫だと俺とカイルが口にしても、タマの耳はへたれたまま戻らない。
「ニャ……ミィはこの国の決闘が怖いニャ……決闘する人も、楽しむ人も怖いニャ……ミィは怖がりで、弱いからすぐ逃げちゃうニャ……」
「ニャー、にーちゃんは優しいのニャ!」
「ニャー、この国の王さま、怖いのニャ……」
沈み込むタマに呼応するように、兄弟達も尻尾を下げて身を縮こませてしまう。
どうにか励ましたくて、俺はタマの頭に手を伸ばしてわしわしと撫でた。
タマのふわふわとした毛並みは、いつ触れても気持ちがいい。
「もっと自信を持っていいんだぞ、タマ。お前、十分に凄い事してるんだぞ?」
撫でられたまま、目を細めたタマが上向いて俺を見る。
「レッドドラゴンともブルードラゴンとも交流したリュンクス族なんて、そうそういないだろうさ」
「そうですよ。タマくんがレッドドラゴンを連れてきたおかげで、王都は助かったも同然ですから」
タマの視線に合わせて身を屈めたカイルが、タマの手を取り俺の言葉に続いてくれた。
俺とカイルの言葉にタマは戸惑って、それから照れたように小さくニャアと笑う。
「ニャー! にーちゃん、ドラゴンとニャか良くしたニャ!?」
「凄いニャ! ミィもドラゴンとニャか良くニャりたいニャ!」
タマの声を合図に下かの様に、ワッ、と興奮に目を輝かせたタマの兄弟達がタマに飛び掛かる。
勢いあまって飛び掛かってきた兄弟達を抱きとめて、俺とカイルも思わず声を上げて笑ってしまうのだった。




