005 オジサンと聖女さん、王都到着
コーチンの背から見る景色は、いつでも雄大で心地が良い。
怒涛の勢いで流れていく景色を、風を浴びながら眺めていた。
「景色良すぎて飽きないねー! コーチンふかふかで座り心地も良いし、ずっと乗ってたーい!」
「いや~、良さが分かってもらえて嬉しいねぇ。お、城が見えてきたな」
「わっ、本物のシンデレラ城じゃん! すっご!」
森を越え川を超え、壁の様に隆起した大地の先に見える城に聖女さんは歓声を上げた。
だだっ広い平地にたたずむ、四方を巨大な城壁に囲まれたザッハ城。この自然豊かなザッハ王国の統治者、アリアドネ女王陛下が住まう王城だ。
遠くから見ても分かる程に巨大な城を囲んで、街が広がっている。
王都トルテは城を中心に東西南北に区域が別れており、今、俺達から最も近い場所は、衣食住に関わる製品を作り出す工場や武器工房が立ち並ぶ北区域にあたる。
街全体を囲むようにして、更に壁がそびえ立つ。城を囲む壁に比べれば背は低いが、それでも15メートルほどはある壁が、魔物や自然災害から街を守る役割を果たしていた。いわゆる城郭都市というものだ。
「あれが女王陛下の住まう城、ザッハ城さ」
「ここ、王都ってことは栄えてるんだよね? 折角だから美味しいもの食べたいな~!」
「よーし、任せてくれ。いくつかおススメの店があるんだ。紹介するよ」
「やった! じゃあねぇ、ガッツリしたお肉のお店と、可愛いスイーツのお店行きたい!」
「肉は紹介できるけど……スイーツは俺、オジサンだからなぁ」
過去、ビーチェと行ったカフェを思い出しながら、聖女さんをどこに案内しようかと考える。
大変な状況だからこそ、これくらいの楽しみはあっても許されたいところだ。
それから暫く空を飛び、北区域の出入り口門の前でコーチンは着陸した。森からほぼ一直線、ここが一番近い出入り口にあたる。
コーチンの背から飛び降り礼を告げると、コーチンは嬉しそうに鳴いてすぐに飛び立っていった。
聖女さんはあっという間に空高く舞うコーチンに向けて手を振り続けている。
俺はというと、門の方を向いてやや緊張していた。
揃いの鎧兜を身に纏い、柄の長い槍で武装した兵士が目に付く。
門の前に四人程。背の高い門には両サイドに塔が備え付けてあり、そこにも兵士が複数人。門番である彼らの挙動がなにやら慌ただしい。
うーん、これはもしかして、やっちまったかなぁ……。
ややこし事になる前にこっちから声を掛けよう。
「こんにちは。すみません。俺達、祈りの塔から来まして」
兵士達がざわついた。
「祈りの塔だって……!?」
「あそこは昨日、魔物の襲撃があったと聞いたぞ!」
「あぁ、えぇ、そうなんです。だから、そこから聖女様を連れて逃げて来まして」
「聖女様だとッ!?」
兵士の視線が一斉に聖女さんに注がれる。
俺からやや離れた位置に立っていた聖女さんは、自分が見られている事に気が付いたのか、どうかしたのかと不思議そうな顔をしていた。
聖女さんの姿を目視して、兵士のうちの一人がやけにいきり立った。どうやら老兵の彼が、ここの兵士達をまとめる隊長殿のようだ。
「あんな普通の娘が聖女様のわけなかろうッ!」
「いやっ、本当なんだって!」
「黙らんかッ! そもそも魔物に乗って現れる聖女様がいるものか!」
「それは~……そう……。魔物に乗ってきたのは事実だなぁ」
しまったと今更ながらに頭を抱える。
いかにコーチンが友好的だとはいえ、魔物であることに違いはない。魔物とは人類の敵だ。そんなものに乗って現れた俺達が、不審者扱いされないわけがない。
あーあ……、もっと人目に付かないところで降ろしてもらえばよかったか……。
「聖女様を騙るとは度し難い! ひっ捕らえィ!」
「おわっ、ちょっ、いででででっ」
隊長殿が槍の矛先を俺に向け、それを合図に兵士達が俺を組み敷く。
バランスを崩して跪く俺の横を、三人ほどの兵士が駆けて行った。
「ちょっ、ちょちょっ! なにっ! 触んないでよヘンタイ!」
「こらっ、暴れるな! 余計な怪我をするぞ!」
「大人しくしなさい!」
ほどなくして背後から、聖女さんから戸惑い交じりの怒りの声が上がる。
それと、やはり若い女性相手だからなのか。多少手心を加えようとしている兵士達の困ったような声も聞こえてきた。
「もぉッ! なんなのォー! 説明してよオジサーンっ!」
「すまん! 今は大人しく従ってくれ! っ、いででででっ!」
後ろ手に腕をきつく縛り上げられて、無駄口を叩くなと無言の圧を掛けられる。
あぁ、こりゃ参った。今度からは移動手段にも気を付けよう……。
「大変申し訳ございませんでしたッ!!!」
「あぁ、良いって。誤解される移動方法を選んだ俺にも非があるさ」
誤解が解けたのは、わりとすぐのことだった。
危うく牢獄送りになる俺達を救ってくれたのは、他の誰でもない、この国の女王陛下その人だった。女王陛下直々のお墨付きとあれば、疑う余地は木っ端みじんに消え去る。
俺達はすぐに城内に通され、広い客間に通された。
兜を脱いだ隊長殿は、こちらが見ていて可哀想になるくらいに顔面蒼白になって頭を下げ続けている。
もう構わないと言っても頭を上げようとしない。
「いえッ! よりにもよって聖女様を疑うなど言語道断ッ! このロバート・バートン、いかなる処分でもお受けする所存であります!」
「えぇ~……。なぁ、聖女さんからも良いよって言ってやってくれないか?」
「ヤダ!」
「えぇ~……」
すっかりへそを曲げてしまった聖女さんは、まだ怒り心頭と言った様子で顔を背けてしまった。突然ひっ捕らえられるなんて経験をしては、怒りたくなるのも当然か……。
「だってこの人の命令で、他の人が勝手に私の体触ったんだよ!? 有り得ない! セクハラだよ、セクハラ!」
あっ、そっちにお怒りか!
でもそれを言ってしまうと、昨日、出会って早々許可もなく横抱きにしてしまったんだよなぁ……。
「セクハラが何かは分からんが、それを言ったら俺も君に触ってしまったんだが……」
「昨日のあれはノーカン! 助けるためのと捕まえるためのだと、意味が違うっしょ!」
「誠にッ、大変ッ、申し訳ございませんでしたッッッ!!!」
隊長殿がとうとう聖女さんの前に跪いてしまった。
目の前で人が跪いているっていうのに、聖女さんは尚も怒り続けている。
あーあ、もうこれどうすんの……。
「そこまでだ、兵隊長」
混沌極まる室内に、良く通る凛とした女の声が響いた。
出入り口に目を向けると、そこには清楚な印象を与える神官服に身を包んだ女がいた。パッと見て男か女か判断に悩む容姿をしているが、その声の高さからかろうじて女性であることが分かる。
肩までで短く切り揃えられた銀の髪に、瞼を伏せているのかと思うほどに細く鋭い目。そこから僅かに覗く蒼い瞳は、氷の冷たさを思わせるものがあった。
瞳の色よりも深い青色をした詰襟の服の上に白地のローブを纏った女は、その右手に身の丈ほどある長さの杖を握り締めていた。先端に付いた巨大なクリスタルが清らかな輝きを放つ。それを覆う金の装飾が神々しく輝き、圧倒的な存在感を放っていた。
「だ、大神官様……っ」
顔を上げた隊長殿はやはり顔面蒼白のまま、女のことをそう呼んだ。