045 オジサン達の旅立ち
驚きに目を見開いていると、俺の両側からも驚きの声が上がった。
特にルナーは欠片がこれだけ近くにあって、気配をまるで感じ取れなかったことに衝撃を受けている様子だ。
「気配? あぁ、常に封じているからな。これを管理するのも大司祭としての務めの一つだ」
こんな近くにあって俺も全く気が付かなかったのだから、相当な力で欠片の力が封じられている事が分かる。
「クラトス。儀式用魔方陣の修復の件は忘れろ。こちらでどうにかする。お前はまだ魔物の手に渡っていない欠片を集めるべきだ」
「集めて、元聖女を誘き出すつもりか?」
「ハッ、そんなみみっちい理由な訳ねぇだろ。そもそも欠片が集まらなきゃ魔王は復活しない。まだどこかに眠っている欠片。そいつを魔物共より先に見つけ出せば、魂は完全な物にはならねぇ。魔王が復活出来なければ、カムクラ様をこれ以上貶めなくて済むって話だ」
司祭殿にとって、カムクラという少女の件がどれ程までに深い後悔となっているのかを垣間見る。
思えば、今ではフルムーンと名乗ってはいるが、彼女も聖女として呼ばれた異世界からの客人であることには違いない。……そうだ、聖女だったんだよなぁ。
――これから現れる聖女様が困っていたら、助けてあげてね。
フルムーンが困っているのかどうかは別問題ではあるが、きっとビーチェが居れば助けましょうと言うに違いない。人間に戻すのは不可能だとしても、魔王になることを阻止する事はまだ出来る。
俺の考えを読んでいるのか、司祭殿がフッと笑う。
「これも広義では聖女様の護衛ということだ。任せた、隊長」
「任された。やれやれ、本当に人使いが荒いなぁ」
「そんなお前を労ってやるよ。堅っ苦しい話はここまでだ! お前達!」
司祭殿の声を合図にして、神殿の脇から司祭達がずらりと現れる。
もしやこの人達、窓枠から外に出てきたな!? よく見ればタルフとタマも混じっている!?
司祭達はてきぱきと動いて、あっという間に石階段の下に横長のテーブル列を成して並ぶ。白いテーブルクロスが掛けられると同時に、料理の乗った大皿を幾つも置き始めた。
多種多様な肉料理に魚料理、スープにサラダにケーキがずらり。
何時の間に準備していたんだ、司祭殿。手際が良すぎて感服してしまう。
横を見れば聖女さんとルナーも目の前の光景に目を輝かせ、感嘆の声を漏らしていた。
「余計な邪魔が入ったが、歓迎会といこうか!」
わぁ! と聖女さん達が黄色い悲鳴を上げて早速、テーブルに駆け寄っていく。
「ミィも食べたいニャ~」
「俺も食べたいっス!」
「構わねぇよ。食ってけ食ってけ」
タマはともかくタルフにも勧めるとは、どうやら無礼講らしい。
司祭殿の言葉を受けて、タマとタルフもテーブルに向かって一直線に飛んでいった。
あっという間に神殿前はパーティ会場と化して、わいわいと賑やかに活気づく。
その光景に、俺と司祭殿はようやく心からの笑みを浮かべることが出来たのだった。
賑やかな食事の時間も幕を下ろし、後片付けも終わった頃。
すっかり暗くなった外で、俺は石階段に腰かけて一人ぼうっと空を眺めていた。
聖女さんは司祭殿と祈りを捧げいてる最中だ。今暫くは俺が離れていても安全だろう。
澄んだ空気のお陰か、良く見える星空を眺めていると背後から声を掛けられた。
「……お前、天体観測が趣味だったの?」
静かに現れたルナーは俺の隣に腰を下ろし、空を見上げる。
星は見ていて面白いのだと告げて、星と星を指でなぞり繋げていく。
ゆっくりと動く俺の指先をルナーは黙って見つめていた。
「ビーチェから教わったんだがな、こう繋げると星座ってものになるそうだ」
「星座?」
「ビーチェ達の世界に古くから伝わる見立てだな。人や動物の形に見えるそうだ」
「ふぅん。随分と想像力が豊かなのね。……私達魔物とは、大違いよ」
自嘲するようにルナーが笑った。
魔物には星を見る習慣なんて存在しない。生まれ育った故郷が星も見えない暗黒に包まれているからだ。
俺もビーチェと出会うまでは、星なんて意識したことも無かった。
俺に星々の輝きを教えてくれたのはビーチェだ。
今、こうして夜空を見上げれば、彼女との思い出が鮮明に蘇ってくる。
「……昔の人も、星に思い出を託していたのかもしれんなぁ」
「は? なに急にお寒いことを言ってんのよ……」
「いや、星の寿命はとんでもなく長いんだよ。長命種の魔物よりも長い。だから星に形を与えることで、思い出を永遠にしたかったんじゃないかと思ってね」
「……ロマンチスト過ぎて呆れるわ」
自分でも随分と気恥ずかしい事を言ったと自覚して、照れ笑いを浮かべてしまう。
呆れた様子のルナーは俺に釣られて恥ずかしくなったのか、頬を少しだけ赤くしながら、視線を逸らしてしまった。
気まずさを誤魔化すように、俺はその場に立ち上がる。
そう言えばまだ大事なことを話していなかったと、俺はまだそっぽを向いたままのルナーを見た。
「魔王の魂の欠片だが、お前、この中にはエクリプスはいないって言ったよな?」
兄の名前を出された事に反応して、ルナーは弾かれる様に顔を上げた。
丸く開かれた深紅の瞳には、動揺がありありと浮かんでいる。
「え、ええ。私には欠片から兄様を感じ取れない。だからそう判断したのだけど」
まさか。と目をゆっくりと見開くルナーに、俺は首を振って応えた。
「欠片の魔力が暴走する直前、聞こえたよ。エクリプスの声が」
驚きにルナーが息を飲む。震える両手で口元を覆い隠しながら、震える声でルナーは何てことだと溢していた。
「兄様が、兄様がまだそこに残っているの……!?」
「ハッキリとは言えないが、可能性はある」
俺がエクリプスの声を聞き間違える筈がない。
その事はルナーも承知しているようで、素直に俺の言い分を信じてくれた。
少し涙ぐんだ様子のルナーは、口元を覆い隠したまま空を見上げた。
「そう。そうなのね……。だったら尚更、あの女に兄様の魂を渡す訳にはいかないわ」
ルナーの視線が俺に向く。
力強いその目には、もう迷いは見えなかった。
「クラトス、お前、欠片を集めに行くのでしょう? 私も最後まで協力する。兄様の為に」
「欠片の気配が分かるルナーが居てくれると助かるよ」
「その代わり約束しなさい。もう絶対に、私と兄様を裏切らないって」
分かったと頷こうとして驚く。
もう裏切るな。二度目のチャンスを与えてくれるという事は、一度目の裏切りを許してくれたという事なのか――?
俺が言葉に詰まらせている間に、ルナーは素早く立ち上がって「分かったわね!?」と、ひと際大きな声を上げて走り去ってしまった。
一人ぽつんと取り残された俺は、空を見上げた。
星々は変わらずに輝いて、俺を見下ろしている。
今日のこの出来事も、また星に記憶されていくのだろうか。
なんて、またルナーに寒いと言われてしまいそうな思考に苦笑しながら、俺もまた神殿内に戻っていった。
俺達が東の殿神殿を旅立ったのは、それから三日後の事だった。
聖女さんに神殿に残るか旅を続けるかを聞けば、迷うことなく旅が選ばれた。
「一緒に行った方が楽しそうだし! それに、オジサンには私が居なきゃね~」
魔銃をかざし、悪戯気に聖女さんが笑う。
あぁ、もう本当に。頼りになる聖女さんだよ。
司祭殿も、祈りはどこでも捧げることが出来るのだからと、聖女さんを見送ることに決めたらしい。
ルナーに欠片の気配を聞いて、行く先を決める。
南の方角だと伝えられ、俺と司祭殿は思わず低い唸り声を上げてしまった。
あっちの方角は、ちょっと厄介な土地なんだよなぁ~……。
しかし悩んでいても仕方がない。
司祭殿達に見送られ、俺達は新たな一歩を踏み出したのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます!
これにて第二章完結です。
引き続き、第三章をお楽しみください!
もしよろしければブックマークや☆評価で応援していただけると更新の励みになります!




