表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/79

040 オジサンの償い

「立て。そのままではルナー様と聖女まで斬ってしまう」


 巨大な剣を縦に構え、イザヨイが伏したままの俺を見下ろしている。

 その剣を振れば即座に俺を殺せるだろうにそうしないのは、言葉の通り、ルナーと聖女さんを連れて行くという使命を最優先に考えているからなのだろう。

 魔物にしては随分と真面目な奴だ。

 少しばかり感心しながら立ち上がろうとすると、ルナーが俺の袖を引いて止めてきた。


「ルナー?」


 どうしたのかとルナーの顔を見れば、ルナーはひどく強張った顔をしていた。

 目を合わせたまま、ルナーは無言で俺を押し退けて立ち上がった。


「イザヨイ」

「はい」

「戻ってあげるわ……」


 立ち上がったルナーは、どこか観念した様子でイザヨイに向けてそう告げた。


「駄目だ、ルナー」


 急いで立ち上がり、ルナーの細い肩を掴んで振り向かせる。

 ルナーはキッと吊り上がった目付きで俺を睨み、俺の手を振り払った。


「お前はイザヨイに勝てない……! お前と共倒れなんて御免被るわ……っ」

「だが、戻ればお前の扱いは更に悲惨なものになる。俺にはそれが許せないんだ」

「だったらっ……!」


 その先を飲み込む様にして、ルナーは口を噤む。

 苦痛に歪んだルナーの顔付きに、どうしようもなく胸が締め付けられる思いがした。


 彼女をこの状況下に追いやった責任は、間違いなく俺にもある。

 俺が魔王を討ちさえしなければ、ルナーの今は間違いなくこんな事にはなっていなかった。

 だが、魔王を討ったことは間違いではなかったと今でも信じている。

 例えルナーが悲しむと分かっていたとしてもだ。


 確固たる信念のもとに行われた行為に後悔はない。


 だからこそ。


 信念によって行われた行為の代償は、信念をもってして償わなければならない。


「ルナー、約束するよ。聖女さんもお前も、俺が守る」

「……っ!」


 息を飲んだルナーを背に隠す様にして、俺は再びイザヨイと向き合った。

 下段に剣を構え、一息に振り上げる。

 イザヨイを狙った一撃は恐ろしい速さで動く剣により阻まれ、大きな音を立ててぶつかり合う。


「っ! 見た目通り、重いな……っ!」


 こちらから全力で押している筈なのに、巨大な剣はびくともしないどころか俺を圧し潰さんとしてくる。

 歯を食いしばる俺とは真逆にイザヨイは涼しい顔をしたままで、俺を無感情な様子で見つめていた。


 このままでは一方的に押し負けるだけだ。

 刃を滑らせて押し合いから引き、体を深く沈めて力を溜める。

 その力の全てを剣に乗せて一歩踏み出し、一撃。突きを放った――!


 イザヨイの顔面を狙って放った突きは、やはり巨大な剣により防がれる。

 盾の様にしてイザヨイの前で構えられた剣。

 その表面にからピキピキと違和感を覚える音が鳴りだす。

 音の出所は、俺の放った剣が突き刺さった個所からだった。


 音が大きくなるにつれ、剣先から広がる様にしてイザヨイの剣の表面に罅が入る。

 まるで卵の殻が割れるように罅は剣全体に走り、バンッ! と弾ける大きな音共に、イザヨイの剣の表面が弾け飛んだのだった。


「元の剣が出てきた! オジサンっ、今だよ、やっちゃえー!」


 ワッと聖女さんが声を上げるが、どうにもそう上手くはいかないらしい。

 砕けた鎧の欠片がどろりと溶けて液体化する。

 黒く粘着質な液体が瞬きの間にイザヨイの剣に纏わりつき、再び巨大な剣の姿を俺達の前に露わにした。


「なにそれズルい! 粉々になったのに!」

「イザヨイの鎧は形を持たない……。砕いてもすぐに元通りよ」


 その通りだと言わんばかりに、何事も無かったかのようにイザヨイは巨大な剣を構える。

 このまま続けてもキリがなさそうだ。

 それに、これ以上神殿内部で暴れる訳にもいかない。

 次の一撃。持てる魔力の全てを乗せた剣で、巨大な剣ごとイザヨイを斬るしかない――!



(だったら、力を貸してあげるよ)



「……なんだって?」


 突然脳内に響いた声に、思わず声が漏れた。

 どこから湧いてた声なのかという疑問もあるが、何よりも驚いたのは、それが誰の声であるのかという事だった。


 魔王だ。魔王、エクリプス。

 どうしてお前の声が聞こえるんだ。

 お前はもう、この世界のどこにもいないというのに。


 俺の問い掛けに応えるように、突然コートの内側から赤い閃光が放たれた。

 内ポケットの中に入れた、魔王の魂の欠片が激しい光を発したのだ。

 赤い光は周囲を激しく照らしながら、俺の体をあっという間に飲み込んでいく。


「っ……、なんだ、これは……っ! この爆発的な質量の魔力! 即座に斬るべきだと当方は判断するッ!」


 イザヨイが剣を上段に構え、勢いよく振り降ろす。

 振り下ろされる剣の速さは一流の剣士のそれに違いない。

 だというのに、俺にはその動作の全てが遅く見えたのだ。


 世界が止まって見える……なんだ、これは。


 自分でも制御が出来ないほどの魔力が体中を迸る。

 自然と剣にその膨大な魔力が集まり、刃が稲光を放つ。


 一歩踏み込み、剣を振り抜く。

 イザヨイが剣を振るうよりも疾く。


 刹那の瞬間を見極める事は、今の俺には造作もない事だった――。


 あぁ、今までで一番の一閃だな。


 剣を振り抜いた感覚も、斬った感覚も何もかもを置き去りにした一撃。

 その感触に思わず感嘆の声が漏れた。



 ふっと息を吐いた次の瞬間、世界が動き出す。

 耳を劈く雷鳴と共に、斬った軌跡が雷を放ちながら大きく爆ぜた。


「がぁぁぁっ!」


 雷の爆発を受け、イザヨイは叫び声を上げて膝を着く。

 巨大な剣も刀身が真っ二つに折れ、ゴンッと大きな音を立てて床に落ちる。

 バチバチと稲妻が走り黒煙の上がる中、白目を剥いたイザヨイが崩れ落ちた。


「お、オジサン……なに今の。ちょっとヤバ過ぎない!?」


 背後から驚きを隠せない様子の聖女さんの声がする。

 ああ、頼む。近づかないでくれ。


「駄目よ! クレセントの魔力が……暴走している!」

「暴走?」


 そうだ。

 今もまだ魔力が溢れて止まらない。

 力が体と心を蝕んでいく。

 自我が塗り潰されていく。


 もっと斬りたい。

 もっと強く。

 もっと疾く――!


「あぁぁぁああぁぁぁっ!!」


 遠のく意識の中、かつての友であり、この手で討った魔王エクリプスが微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ