039 オジサンと新進気鋭の剣士
司祭の背中に突き刺さった剣をずるりと抜き、全身真っ黒な男は剣先をこちらへ向けた。
「さぁ、ルナー様と聖女をこちらへ」
奴の鋭い視線と剣先から聖女さんとルナーを隠し、俺は小声で背後のルナーに問いかけた。
「アイツ何者だ?」
「イザヨイ。オーガとニュームーンに並ぶ実力者よ」
「イザヨイ? 聞いたことが無い名前だが……」
「お前が魔軍を去ってから生まれた魔物だもの。でも若いからと言って油断しない事ね。お前と同じ剣士であり、その実力は本物よ……」
成程。道理で奴のことを知らない訳だ。
ルナーに言われるまでもなく、油断をするつもりは無い。
剣を持つ姿に隙が一切ないことは見れば分かることだ。
「一つ聞かせてくれ。外に双剣士の魔物が居たと思うが、ソイツはどうした」
「オーガの小間使いと判断し、殺してはいない」
「そいつはどうも」
タルフの奴、悪運が良いな。
タマに関しては不思議と無事である確信が持てたので、取り合えず置いておく。
聖女さんとルナーを庇う様に剣を構えたままでいると、イザヨイが焦れた声を上げた。
「どうした。早く二人をこちらへ。何を悩む必要がある」
「既に人を一人殺しておいて、そんな話を信じると思うか?」
イザヨイに問いかければ、視線を倒れた司祭へ向けて黙り込む。
それから少しして顔を上げ、首を縦に振った。
「そうだな。確かに道理が通らない。では、こうしよう」
徐にイザヨイが剣を持つ手を振り上げた。
鋭い切っ先が、空気を裂いて弧を描く。
次の瞬間、イザヨイの真横に控えていたケルピーの首が音もなく胴と切り離された。
ごろりと落ちたケルピーの頭が床を転がる。
そしてダンッと鈍い音を立てて、胴体が床に向かって崩れ落ちた。
相手に斬られた事すら気が付かせない、鋭すぎる斬撃。
背筋をゾッとしたものが駆け上ると同時に、同じ剣士として手合わせしたいという本能が疼いてしまった。
「こちらも一体失った。これで命の天秤は釣り合う。どうか?」
「……お前さん、他の奴らとは少し違う様だな」
「他の者共の事は知らない。当方は当方の為すべきことを成すのみ」
「気に入った。が、悪いが聖女さんもルナーも渡せない」
「そうか。ならば、力尽くで奪わせてもらう――!」
イザヨイの言葉と共に、控えていた魔物達が一斉に雄叫びを上げた。
「司祭殿! デュラハンは任せても構わないか!?」
「最初からそのつもりだ! お前達! ケルピーを焼き払え!」
「ハッ!」
司祭殿の指示に従い、前方に手を掲げた司祭達がケルピーに向けて火球を放つ。
体を燃やしながらも尚、走るケルピーを避け、或いはその突撃に巻き込まれながらも、司祭達は戦いを始めた。
騒然とする中、司祭殿もまた目の前のデュラハンに向けて巨大な火球を飛ばしていた。火球を掻き消すように、ブォンッと巨大な槍が一振りされる気配を背後に感じ取る。
思わず背後を見れば、デュラハンの槍の上にふわりと降り立つ司祭殿が見えた。
分かってはいたが、武闘派な司祭殿の心配はしなくても大丈夫だろう。
「オジサン前っ、前!」
聖女さんの慌てた声の次に、キンッ! と甲高い音が耳に届く。
前方に構えていた剣に、斬りかかってきたイザヨイの剣が重なったのだった。
「余所見をしていても、当方の剣を受け止めるか」
「まぁ、ね。普通の斬りつけくらいは防げないと……な!」
グッと剣を押し返すと、イザヨイは一歩後ろへ下がった。
その隙に、俺は背後をちらりと見やる。
魔銃を構えた聖女さんが、ルナーを守るようにして周囲を警戒している。その姿に頼もしさと同時に、銃を手にさせてしまっている状況への申し訳なさが湧く。
「二人とも、ここから動くなよ」
「こんなに変な馬っぽいのわらわらしてたら、動きたくても動けないよっ! 熱ッ! 火の玉も飛んで来るし!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ聖女さんだが、決してルナーからは離れようとはしない。
ルナーもまたそんな聖女さんを心配そうな顔で見つめていた。
どこから攻撃が飛んでくるか分からないこの状況では、二人から離れて戦うことは逆に危険だと判断し、俺はその場で剣を構える事を選ぶ。
俺が動かない事を察したか、剣を両手で握り直したイザヨイが一歩踏み込み、一呼吸の間に距離を詰めてくる。
踏み込みの勢いを乗せた突きが、眼前に迫る!
顔面を狙った突きを頭を横に振って躱す。剣先が頬を掠め、皮膚が裂けた。
そのまま雄々しく剣が掲げられて、俺を袈裟切りにすべく勢いよく振り下ろされる。
そう来ると思ったよ――!
頭上に剣を掲げ、振り下ろされるイザヨイの剣を防ぐ。
刃と刃がぶつかって、一際甲高い音を上げた後、鍔迫り合いが始まる。
しかし付き合ってやる気は無いので、即座に右足を振り抜き、イザヨイの腹部へ蹴りを見舞った。
「っ!」
見た目よりもずっと頑丈な鎧に、蹴った俺の足が痺れる。
しかしイザヨイにも多少は響いたのか、少しばかり押し合う力が緩む。
その隙に、今度は俺が剣を振り下ろした。
僅かにイザヨイが身を逸らしたため、剣の切っ先は鎧を掠めて不快な金属音を奏でる。剣を振り切った後の静寂の中、イザヨイが言葉を溢した。
「……成程。魔王を殺した剣は伊達ではないか」
「なんだ。知ってたのか」
「当然。同じ剣士なれば。だが……当方の今の目的は貴殿を斬ることにあらず」
唐突にイザヨイの纏う魔力の質が変化する。
剣士として研ぎ澄まされた鋭さから、暴力的な嵐を予感させる乱暴さ。
その魔力の変化に合わせるように、イザヨイが纏う鎧の形状が変化していく。
まるで液体で出来ているのかと錯覚するほどに、鎧はぐにゃりと蠢きイザヨイの体から離れていく。
その全ての質量がただ一点、剣に向かっていた。
「実に口惜しい限りだ」
鎧の全てがイザヨイの持つ剣に集約された。
標準的な大きさのロングソードは姿を変え、イザヨイの身の丈の倍程はある巨大な剣に姿を変える。さながら、剣が鎧を纏ったと言っても過言ではないだろう。
巨大な漆黒の剣の、刃が光る。
反射的に聖女さんとルナーに覆いかぶさるように飛び掛かり、その身を地面スレスレまでに沈めた。
ヒュンと風を切る音が頭上で響く。
鋭い軌跡を描いて、横薙ぎに剣が振り抜かれたのだ。
驚くべきことに、通常サイズの剣と同じ速度で――!
「伏せろーッ!」
腹の底から声を張り上げるが、遅かった。
振り抜かれた剣から巨大な真空の刃が生まれ、真っすぐに飛んでいく。
刃の軌道上にいたケルピーは容赦なく切り裂かれ、避けきれなかった司祭達もその体の一部を切り裂かれてしまう。
透明な刃は神殿内の柱や壁も破壊しながら真っすぐに飛んでいく。
その勢いは衰える事が無くデュラハンをも切り裂き、デュラハンの駆る巨大な馬の脚が一気に切断された。
「なんだこれはっ……!」
司祭殿の困惑に満ちた声が耳に届く。
丁度、宙を跳んでいた司祭殿は無傷の様子だが、あまりの惨状にその顔を怒りに歪めているのが見えた。
ごぉっ! と音を立てて、真空の刃がステンドグラスを失った窓枠にぶつかった。
神殿全体が音を立てて震え、ようやく真空の刃は姿を消したのだった。
「なにこれ……」
呆然と呟かれた聖女さんの言葉に同調するしか出来なかった。




