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004 オジサンと聖女さん、友達を救う

 コーチンの羽ばたきと共に、翼から巨大な風切羽が射出される。

 これはコーチン本人の風切羽ではなく、コーチンの魔物としての攻撃スキルの一つだ。

 風切羽の先端は鋭利な刃物の様に鋭い。

 これで突き刺されたら一貫の終わりだ――!


 腰にぶら下げた剣を抜き前方へ構え、俺へ向かって真っすぐに飛んでくる風切羽を防ぐ。

 剣身と風切羽の先端がかち合い、甲高い音を上げた。

 風切羽は次々と射出される。向かってきたもう一本を剣で弾くと、急いで身を丸くする聖女さんの前に立った。


「すまん、聖女さん! すぐ後ろの大木に隠れてくれ!」

「わっ、分かった!」


 よろよろと立ち上がると、聖女さんは前のめり気味に駆けだした。

 その隙を逃さないとばかりに降り注ぐ風切羽を全て叩き落していく。


 聖女さんが大木の後ろに身を隠したことを確認して、俺は剣を斜めに低く構えた。


「ギィィッ! ギィイイィ―ッ!」


 コーチンが悲鳴を上げ続けている。

 苦しそうな悲鳴。そしてその目が白目を剥いていることに気が付いて確信した。

 コーチンは、操られている。


「いま助けてやるからな!」


 俺の声など届いていないのだろう。

 コーチンは再び翼を大きく動かすと、今度は大量の風切羽を一斉に射出させた。


 俺は両足で強く地面を踏みしめ、上半身を捻る。


 フッと軽く息を吐き、剣を思い切り振り抜いた――!


 ヒュン、と空を切る音がした。

 加減をしたとは言え、良い手応えを感じる。


 心地良い一瞬の静寂。


 それから轟と音を立てながら、前方に巨大な真空の刃が生じた。

 池の端から端まで届きそうな巨大な刃は怒涛の勢いで空を駆ける。刃に触れた風切羽は、姿が残らないほどに千々に割かれて消え去った。

 衰えない勢いで真空の刃はコーチンに迫り、あっという間にその身を斬った。


「ギィイイィ―ッ!」


 直撃を受けたコーチンは、翼を大きく広げたまま垂直に落ちていく。


「コーチン!」


 ぴくりとコーチンの体が動き、最後の力を振り絞る様に両翼が動く。僅かに滑空しながら、池のふちギリギリにコーチンはその巨体を落とした。ズシンと重たい音が響き、地が揺れる。

 俺は剣を鞘にしまい、慌ててコーチンの側へ寄った。


「コーチン! 大丈夫か、コーチン!」


 地に伏したままのコーチンの顔に触れる。目を閉じたまま、びくりとも動かない。

 ぞっとしたものが胸中を過り、言葉を失う。


「ちょっと大丈夫!? オジサン、やりすぎちゃったの!?」


 聖女さんも慌てた様子で走り寄ると、コーチンの顔を覗き込んだ。


「いや、加減はした。……もしかしたら、最初から弱っていたのかもしれない……」

「最初から? ……じゃあ、ここに来るまでに何かあったってこと?」

「そう考えて良いな……コーチン……」


 剣を抜かなければこちらがやられていたとは言え、弱っていた友を傷付けてしまった事実に胸が痛む。

 聖女さんも沈痛な面持ちでコーチンを見つめている。

 余程コーチンの姿が痛々しく見えたのか。そっと伸ばした指先で、コーチンの口ばしに触れた。


「えっ……!」


 聖女さんから驚きの声が漏れたのは、その指先が淡く光ると同時だった。


 指先から柔らかく温かな光が溢れ、一気に膨らんでいく。

 光はあっという間にコーチンの体を包み、まるでコーチンの中に吸い込まれるようにして消えていった。


 あまりにも突然の光景に驚いていると、次の瞬間、コーチンの体がぴくりと震えて動き出す。先ほどまでの状態が嘘のように軽快な動作で身を起こすと、両翼を大きく広げてばさばさと振り出した。


「クェー! クェーっ!」


 上げた鳴き声は喜びに満ちていて、元気であると伝えてくる。

 良かった……! 胸を撫で下ろし、俺は未だに呆然とする聖女さんの顔を見た。


「凄いじゃないか……! 今のは回復魔法、しかもかなりの高出力のものだぞ!」

「ま、まま、魔法ぅ? 私が!? そんなファンタジーなことある!?」

「あるある。現に君のお陰でほら、コーチンはこの通りだ」

「クェー!」


 嬉しそうな声を上げて、コーチンは自慢の大きな口ばしで聖女さんの頬を撫でた。


「うひぃっ! ……あははっ、くすぐったいよ!」

「クィー、キュイキュイッ!」

「ははっ、分かった、分かった! うん、良かったね、元気になって」


 目を丸くして驚いていた聖女さんだが、すっかり笑顔になっている。

 コーチンの様子もすっかり元に戻ったようで一安心だ。

 俺はコーチンの顔を撫でながら、剣を向けてしまった事を詫びた。


「コーチン、すまなかったな」

「クィー……」

「いや、お前が気にすることじゃないさ。何かあったんだろう?」


 コーチンが首を縦に振る。

 状況から考えて、コーチンが操られていたことは間違いないだろう。


 自我を封じて操る、恐ろしき魔法。

 そんなものを扱う相手を俺は知っていた。術者の姿が脳裏を過り、怒りが湧く。


 思わず逸りそうになる気持ちを沈める為に、深く息を吸って吐く。

 大事な友人に手を出されたことは許せないが、今は優先すべきことがあるのだと怒りを飲み込んだ。


「早速で悪いンだが、俺と聖女さんを乗せて、王都まで運んでくれないか?」

「クエっ!」

「お、そうか。ありがとな」


 聖女さんの回復魔法ですっかり心身ともに回復したのだろう。

 コーチンは上機嫌な様子で翼をばさばさと動かして、それから静かに身を横たえた。


「さ、行こうか。聖女さん」

「まさかとは思ってたけど、移動手段なんだ。コーチン……」

「空から行けば早いからな。少しの間、空の旅を楽しんでくれ」

「ニワトリの背に乗る日が来るなんてなぁ~。コーチン、ごめんね! ちょっと乗るね!」

「クェっ!」


 コーチンの体を傷付けないように登って、覚束ない様子の聖女さんを引っ張り上げる。コーチンの背中の上は柔らかな羽毛でふわふわとしていて、座り心地が良いんだよなぁ。

 俺の前方に座らせた聖女さんも、どうやら満更でもないって様子だ。


「よし、聖女さん。しっかりコーチンの首に捕まってなよ」

「う、うんっ」

「よーし、それじゃあコーチン! 出発だ!」

「クェー!」


 一際力強く声を上げて、コーチンが両翼を大きく開いた。

 力強く羽ばたかせ、風を纏う。コーチンの巨体がふわりと宙に舞ったのは、それからすぐの事だった。

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