038 オジサンと襲撃!
敵意が無いことを証明すると張り切って、自ら神殿出入り口の見張りを買って出たタルフ。そして探検してくると言ってフラッと姿を消してしまったタマを置いて、俺達は神殿内部に足を踏み入れていた。
司祭殿の案内で通された神殿内は、想像よりもずっと広く感じられた。
無駄の無いシンプルな内装と、首を真上に向けて見上げる程に高い天井。それと最奥の壁に備え付けられた巨大なステンドグラスが解放感を与えていた。
今この神殿には、司祭殿とその部下の司祭達が十数人留まっているそうだ。
本来ならばもっと人数が居るのだが、祈りの塔の焼け跡調査に人手を割いているとのことだ。
神殿の中央には祭壇が設けられており、ステンドグラスを背にして厳かな空気を纏わせている。
その祭壇の前で足を止めた司祭殿は、振り返り俺達を見た。
「ようこそ、東の神殿へ。と、言っても何もない場所だがな」
皮肉めいた笑みを浮かべ、司祭殿が肩を竦ませる。
現状がどうなっているのかを聞くと、司祭殿はその顔に厳しさを滲ませた。
「見ての通りだ。王都襲撃以降、こっちもこの有様が続いている。お陰で儀式用魔方陣の修復さえままならん」
「そうか。祈りの塔が壊れたから、今は儀式が出来ないのか……」
肯定して頷く司祭殿の顔色の悪さの意味が、俺にもようやく理解が出来た。
そもそも聖女召喚とは、神の意志を司祭殿が読み取り、必要に応じて魔方陣を起動させることで行われる召喚魔法の一種だ。
神の意志で呼び出された聖女を迎え入れる為の、いわば玄関口の様な役割を果たすものが儀式用魔方陣であり、この魔方陣のお陰で聖女は迷わずこの世界に来られる仕組みになっていると聞く。
つまり。儀式用魔方陣の修復が出来てないという事は、今は新たな聖女を迎え入れることが難しい状況だということになる。
「……司祭殿、それは非常にまずい状況かもしれない」
「理由は」
俺はコートの内ポケットに手を入れて、ルナーから預かった魔王の魂の欠片を取り出した。
赤く怪しく光る欠片を目にして、司祭殿は眉根を寄せる。
「……おい、クラトス。とんだ面倒を持ち込んでくれたな?」
「こいつが完全体になった時、魔王の完全復活に聖女の力が必要になるそうだ。そうだな、ルナー」
聖女さんの後ろに隠れるようにしていたルナーがびくりと体を震わせて、小さく頷く。
ルナーの事は既に司祭殿に説明済みだ。
魔王の妹という立場故にその存在を訝しんではいるものの、幸か不幸かルナーの魔力の無さが説得力を持たせていた。
司祭殿はますます眉間の皺を深くしながら、唸る様に呟いた。
「成程。その事実を知ってる者は?」
「多分、一部の魔物しか知らないことなんじゃないか? 俺もルナーから聞いて初めて知ったからな……」
「ええ。本当にごく一部、魔王という存在に近しい者しかしらない話よ」
控えめな様子で口を挟んだルナーは、司祭殿と目が合う前にサッと聖女さんの後ろに姿を隠してしまった。
確かに司祭殿は怖い人だけど、そこまで怖がらなくても大丈夫だぞ……。
「つまりお前が言いたいのはこう言う事か。今は左程問題ないが、後々その条件が明るみになった時、魔王復活を阻止すべく聖女の命を狙う輩が出てくる可能性がある。当然、拙僧共で聖女様をお守りするが、万が一、不測の事態が起きた場合。次の聖女様が召喚出来ない状況であれば……」
「この星は聖女不在という事になる」
「……そいつは前代未聞だな」
この星は、聖女の祈りで成り立っている。
祈りを捧げる聖女が不在となれば、星にどのような影響が出るのか想像すらできない。
最悪の展開が脳裏を過る中、胸の前で腕を組んだ司祭殿がハッとシニカルに笑った。
「ま、最悪すぎる展開の話をしても仕方がねぇ。聖女様を守り切れば良いだけの事に過ぎん」
「相変わらず、簡単に言ってくれるなぁ」
「何だ、自信が無いとか言うつもりか? うちに腑抜けはいらねぇぞ?」
「それは無いですよ。聖女さんは俺が命に代えてでも守る」
「ならば良し。が、どのみち儀式用魔方陣の修復は最優先事項だ。お前にも協力してもらうぞ」
俺が分かったと頷いたのを確認して、司祭殿は聖女さんに視線を移した。
「聖女様、どうか誤解しないで頂きたいのだが、拙僧等は決して聖女という存在を替えの利く存在だとは思っちゃいない。誠心誠意を込めてもてなすべき客人であると考えている。故に、貴殿も大切な客人なのだ。だから守る」
「あ、はいっ、オジサンから何となくそういうの、伝わってますから」
「オジサン?」
聖女さんが俺を指差すと、怪訝な顔をした司祭殿が盛大に噴出した。
「お前、オジサンって呼ばれてンのかっ! ははっ! 似合いすぎる!」
「なんなら司祭殿もオジサンって呼んでくれて構わんですよ」
「止せ止せ! 拙僧が言うと洒落にならねぇ感じがするだろ」
想像して、それはもうただの強面のお姉さんに脅されている哀れなオジサンの図にしかならなくて、確かにと頷いた。
「……っと。そんな冗談言ってる暇もねぇか」
「そうみたいで」
そろりと剣に手を伸ばす。
ステンドグラスに目を向けるのと同時に、睨みつける様な鋭い目つきで司祭殿もステンドグラスに目を向けた。
陽の光を浴びて輝くステンドグラスの中央に、僅かな陰りが出来ている。
陰りはあっという間に大きくなり、ステンドグラス全体を陰らせ――。
「伏せろッ!」
司祭殿が声を上げると同時に、バリンッ! と大きな音を立てて、ステンドグラスが粉々に砕け散る!
キラキラと光を反射しながら散らばる破片の中を、巨大な黒馬が跳ぶ。
その背には、全身白銀の鎧を着込んだ首の無い騎士・デュラハンが騎乗していた。
デュラハンに続くように、ケルピーと呼ばれる半身が透けて溶けた馬の魔物が何体も窓から神殿内部へ飛び込む――!
「窓は玄関じゃねぇんだよ!」
両手を掲げた司祭殿の前方に、巨大な炎の壁が生じる。
炎の壁は盾となり、降ってくるステンドグラスの欠片を溶かしていく。ガラスを溶かす程の熱だというのに、内側に居る俺達には一切その熱は感じられなかった。
炎の壁に守られている隙に位置を移動し、聖女さん達を挟んで司祭殿と背中合わせに立った。
「大司祭様! 魔物の襲げ、ぁっ!」
バンッと音が響き、乱暴に出入り口の扉が開かれた。
外を見回っていた司祭が神殿内に入り込もうとして倒れ込む。
逆光の中、司祭の背に突き立てられたロングソードの刃がギラリと光る。
間もなくして神殿内で仕事をしていた他の司祭たちが慌ただしく姿を見せた。
誰もが即座に応戦の構えを取りだし、場の空気が騒然としだす。
一触即発。
司祭殿の正面にはケルピーを従えたデュラハンが、俺の正面には司祭を殺した何者かが立っていた。
「当方、無駄な殺生は好まない。大人しくルナー様と聖女を渡せば、命までは奪らないと約束しよう」
まだ若さの残る男の声が響き渡る。
雲の隙間から差し込む日の光が、入り口に立つ男の姿を照らし出した。
漆黒の鎧に同色のマント、そして手にした剣までも深い闇のように黒い。
全身が黒の中、アメジストの髪がやけに目を引いた。




